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土井平助の中庭

ワイナピチュ

全部ぱうーからの再録

【歴史・地理よもやま】マチュピチュ温泉

前に「南米には日本の温泉街みたいなトコない」って記事あったけど…探せばあるじゃんけという。

ああいう温泉街みたいな建物ってチベットにもあるのよね。
でもって南米のインディオって顔かたちも服装も…なんもかんもチベット人に似てる。建物まで似てる。
どうやってチベットから…来たんかねぇという。ただの偶然なんかねぇという。

そいえば初代マチュピチュの村長さんって日本人だったすな。福島の大玉村の出身だとかいう。
福島の中通りっていえば…磐梯熱海だとか…飯坂温泉だとか。

飯坂温泉(Google Map)

偶然だろうけど!(^^;

【鉄道よもやま】久喜に新幹線の駅?

ほんと「新幹線の駅ある」オーラすごいけどね。
あすこは東武との接続駅なのであってもおかしくないんだけど…無い。
まあ大宮・小山に近すぎるからだろうけど。

新駅作ったら「なすの」ぐらいは停まるんだろうけど…そっから先の青森・秋田とか行きたい時って…どうすんのかね。
これは小山にも言えるけど。宇都宮はそんな優等列車停まんないし。
新幹線乗りつぎで仙台?

色々考えたけど結局大宮まで行ってはやぶさ・こまちとかに乗るのが手っ取り早いことが判明し。
ちょい手間だわね。

余談ながら赤羽に新幹線駅作ったら新宿方面からも利用しやすくなるんでないのという前から書いてること。

【歴史よもやま】なんてサムライ

まあ鷹見泉石先生。古河に記念館のある人。古河藩の家老。

殿様の土井利位のまとめた「雪華図説」についてはどっかで書いた記憶。
雪の結晶の一覧図。

肖像画どおり謹直そうな人でなんの過激なトコもなさげな人だけど…当時の情勢がちょいと非常な経歴を履ませてる感じ。
渡辺崋山・高橋景保(いずれも刑死)と交流があり、大塩平八郎の乱においては鎮圧の指揮をとる。

泉石さんがちょっと早めに(?)隠居してるのもそのへんが理由なのかなと想像したりし。

にしても長生きしたんすな。安政のころまで存命でおられ。

*大塩さんは世直し大明神として神格化されてたので…鎮圧にあたった古河藩への風当たりが強くなってたんでないかという想像。

ガッカッカッカッ…emoji(DQの階段の音
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ジェッディン・デデン

【歴史よもやま】河井継之助がこえた「峠」

やっぱし碓氷峠ね。どうしても雪の三国峠を踏破してく継さんを連想しちゃうけど(笑
後者はかなりな難所だったろうなと。

碓氷峠ルートなら…長岡から信濃川をさかのぼって長野にいって…と思いがちだけど…実際は上越妙高→長野というルートらしく。
そっちのほうが信濃川づたいより行きやすかったのかな。そっから上田、軽井沢という感じかね。

明治の鉄道とおなじルート。

継さんが長岡に帰ると、家にいる奥さんに「江戸は信濃川(千曲川)をさかのぼったトコにある」ってウソ言ってたらしいけど…半分はウソじゃなかったのね。

まあそれでも気の遠くなるようなルートだわね…江戸の越後人は大変だ。

《補足》
河井継之助って誰か…ってWikipedia先生でも見てくれればいいけど。
上杉謙信の再来といわれた人。坂本龍馬・土方歳三とも違う立場だけど…この人も一方の英雄児。

【歴史よもやま】謎の岩文字

ホントにこんなのあるのかね…AIじゃないのかと思ったらホントにあるらしい。

飢饉の碑

エジプト最後の王朝であるプトレマイオス時代に書かれたものらしいけど…内容は第3王朝に起こった干ばつと飢饉のことらしく。

なんで当時の人はそんなこと知ってんのかね。口伝とかで残ってたのかな。
プトレマイオス時代から2400年前の話だけど。

そもそもそんな大昔のことをわざわざ岩に残すのが謎。記憶の忘失を恐れたのか…。

日本にも自然災害伝承碑ってあちこちにあるけど同じノリなのかね。

【歴史よもやま】本来の雅楽はアップテンポ?

へぇそうなんかねぇってツベで検索したらいっぱい(?)出てくるすな倍速雅楽。
まんまトルコのメフテル(軍楽)って感じもし。

雅楽ってどっか西域の匂いがするけどやっぱし騎馬民族由来なのかね。

青海波とか陵王って踊りついてるけど…だいぶ忙しなかったろうなと。
本来はボックス踏んでる感じだったんじゃないかと?? ダンサブル雅楽。

そいえばオッペケペー節の原型もかなりラップっぽいエッヂのきいた歌だった思い出し。
昔になるほどポップになる古典音楽。

ペーぺーぺぺ!(ドコドンドン)ぺーぺーぺぺ!(ドコドンドン)emoji

薛延陀可汗

【歴史よもやま】松前崇広

この人はむかし買った古写真の本に載ってて印象的だった人すな。なんか役者みたいな…。

伊達公とか上杉公とかと並んでめっちゃ嬉しそうにしてる写真もあったけどネット上になく。
たぶん老中に抜擢されて気負ってたのかね。「がんばりまっす!」って感じ。

そのサイドで伊達公と上杉公が気の抜けたような顔してたのが対称的。

でも老中就任は松前藩にとってマイナスな話でしかなく…老中免職になったあと崇広さんは松前で死去。
よっぽど落ち込んだのかね。

【鉄道よもやま】存在しない昔の駅名

西武池袋線と中央線が近接しすぎててカオティックな様相(笑

大久野…豊岡町…タマ墓地前…へー大根だって。
あとは今でもだいたいある感じだけど。

名前変わっただけなトコもあり。
浅川→高尾、東多摩→白糸台みたいな。

原町田って町田のことだろうけど…なんでか淵野辺のほうに小田急が来ており。
誤植かね…色々カオスすぎ。

なんか違う世界線に来ちゃったような…(^^;

【歴史よもやま】高昌国左衛大将軍のミイラ

張雄ってどういう人かと思ってググったけど…観光名所として「アスターナ古墓群」が出てくるぐらい。
高昌国の王麹文泰(きくぶんたい)の母方のイトコだったらしいけど。

将軍だった張雄さんがO字開脚になるほど馬乗ってるんだからよほど戦闘につぐ戦闘だったのかと思うけど…Wikipedia先生にはごくサラッとした説明しかなく。

「(麹文泰は)西突厥と同盟して、伊吾国を攻撃した。また唐と西域の間の通商路を遮断した」

まあこの間に色々あったんだろうけど…O字開脚になるほど。

文泰さんは唐と対立したけど「こんな砂漠の果てまで唐の軍勢は来るめぇ」とタカをくくってたらホントに唐軍が来たので…狼狽して病死。オモロい。

張雄さんがどうなったかはミイラが残る以外なんの説明もなし。

ポーーーーーーーーーemoji(ソルフェジオ周波数

会津黒川城

マストドンからの再録。全部歴史ネタ。

【歴史よもやま】蒲生氏郷

蒲生家ったら六角氏に仕えた小豪族だけど…氏郷さんはなんでか信長に重用されてたすな。

人質として信長のもとに送られた氏郷少年だけど…やたら信長に気に入られるという。
むかし小説で見てた時に…なんかクシャナ殿下と、風の谷から出てきたナウシカを見てるようだった思い出し。
故郷の蒲生日野も風の谷みたいなトコだし。

宇喜多秀家もやたら信長に気に入られてたけど「子柄がいい」というのが理由だった思い出し。
氏郷さんも「子柄」がよかったのかもしんない。

どっか現代人の感覚に近い人。

【歴史よもやま】松陰さん

この人はなにが嬉しいのか…いつも「新婚の花婿のように」ニッコニコしてて…年下にも敬語使うような人。
主君から愛され、学友から信頼され、弟子から神のように尊敬される…わずか20代の青年が。
ちょっと普通の人じゃないわね。

ただ過激思想の人らと交友がありすぎたので幕府にとっ捕まって最終的に小塚原の露…という。
それで弟子たちが「クソ~」となって長州は倒幕の尖兵に…という。

その死によって弟子たちが発奮して新しい時代を開くっていう点でキリストと十二使徒みたいな話。

*松陰信仰の中心地ったら松陰神社だけど…無数にいる祭神のトップにこの人の名がのる神社あるすな。東京のど真ん中に

【歴史よもやま】松下之綱

この人も前に書いたね。鉄砲で有名な家。

秀吉さんがいじめられたのは「しまり屋」だったからという話もあり。
いわゆる倹約家で江戸時代でいえば二宮尊徳みたいな仕法家的な。今だとDOGEかね。

尊徳さんも反発がすごかったけど秀吉さんも似たような状況になり…まあ想像。

秀吉が仕えたのは之綱さんじゃなくて父親の長則って人ね。
之綱さんは加増されてもあまり喜んでる風もなくさっさと徳川についてるし。

「あぁあの時のサルかぁ」ぐらいな感じじゃなかったのかな。

ボヒヒヒヒヒemoji

近藤内蔵之助

全部某所(マストドン)からの過去記事です。ぱうーはいまだ復旧せず。

【地理よもやま】ルネ上星川

あの構造なんてのかね。階段式…マンション。斜面へばりつき構造。
麓からだと分かりづらいけど地図で判明すること多し。

なんとなく地中海の島にありそうな光景。サントリーニ島みたいな。

上星川のは以前地図で見たんだろうけど…他のトコと記憶がかぶって忘れており。
多摩丘陵とか横浜は無数にあるんだろうけど…そんな詳しく調べてはなく。

上大岡にある斜面へばりつき(略
Google Map

*ふつうに斜面地(傾斜地)マンションっていうらしく

【歴史よもやま】天然理心流の稽古

なんか想像どおりな型だけど…蹴りが入ってるのにぶったまげ。

当時「百姓剣法」といわれた理由かね。
でも銃剣をもちいた近代戦に相応した戦い方という気もし。

実戦じゃおそろしく強いけど…竹刀をもちいた他流試合とか…道場破りに来られた時とかはめっぽう弱かったらしく。
たぶんキック禁止だったのかね。そういう時はお金を出して他流の助っ人を雇うのがデフォ。

近藤勇「それじゃ先生、次もよろしくひとつ…(袖の下)」

桂小五郎「しょうがありませんね…」←よく呼ばれたらしい

*試衛館に他流の剣客がたむろってたのも道場やぶり対策じゃないかな。斎藤、永倉、藤堂、山南…

【歴史よもやま】戦国最弱武将

小田氏治ね。最弱かどうかは知らんけど。
あんな弱小勢力で北条・上杉・佐竹相手に一定の勢力を保ってたのは名将の部類かもしらず。
たまに織田信長顔負けのマキャベリズム発揮したりして。

のちに「鬼」の異名をとった青年時代の佐竹義重なんど小僧っ子あつかいで撃退しており。

取ったり取られたり…あっちついたりこっちついたり…経歴見てると忙しいすな。

あんな頑強な抵抗をしといて秀吉の軍門にくだったあとは大人しく越前に移住したりして別に不満な様子もなく。
ようやく鎌倉以来の名門の桎梏から解放された感じかね。

あの割り切りのよさとか家臣を手足のように使うとか…信長に通じるトコあるけど…Wikipedia見てたら「足利義晴の従弟に当たる」とあり。
足利義晴ね…もう何度も書いてることながら割愛。

過去日記

ふわふわり ふわふわる♪emoji