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土井平助の中庭

ハックルベリー

【地理よもやま】高松の瓦町

瓦町ってどっかで…と思ったらパウーの方で貼ったすな。京成高砂にそっくりという。
駅ビルは北千住に似てて…高架下は京成高砂という。

どっか地方行って…そこの中心地に近づくにつれて「北千住に似てるな」という現象あるけどね。
中心地じゃないけど…ちょっと外れにある繁華なトコ。
名古屋通りかかった時も似たような印象を受け。

たいていそういうトコにはぬりかべみたいな駅ビルがドーンと建っててペデストリアンデッキがある。
そのまわりには中層ビル群。たまにタワマンがピョコンと建ち。

たとえば立川・府中・多摩センター・大宮・上尾・船橋・津田沼…なんだみんな北千住みたいな存在感。なんかの典型例なのか北千住。

【鉄道よもやま】西古谷

南古谷~指扇は駅間長いし…戦前にはああいうトコあったんだろうな…で流しがちだけど…コメントにあるとおり無かったらしい。
というか誤植かね。そういう事あるのね。

川越線ができる前に西武大宮線っていう路面電車あって…それに西古谷って駅が…って無いや。
やっぱしアレは誤植。

あの西武大宮線って川越駅まで行かなかったそうすな。川越の町はずれの…川越城あたりに停車場があったらしい。川越久保町駅
その先に行きたい時はそっから降りて…歩いて川越駅まで行ったのかね。大変だな。
行ったことあるけど川越城から駅ってけっこうあるぜ。

でもいまだに本川越駅とJR川越駅が離れあってるし…ちょっと歩くというのが普通なのかもしらん川越。
古い市街地を線路でブチ抜けない町の特徴「駅間をちょっと歩く」

(例)足利、前橋、八王子、宇都宮

【地理よもやま】アメリカの河川の流量

前にトンデモ話調べてる時にも感じたけど…やっぱしミシシッピ川の流域面積は異様すな。
アメリカの東側の河川はほぼあすこの川に注いでる感じ。まるで一個の巨大樹のような印象を受け。

あの河口に古代遺跡らしきものがたくさんあったんでね。ミシシッピ川を利用した文明でもあったのかなという。
メキシコ湾から船で内陸を縦断してカナダのほうまで行けてしまうという。

西側で大きいのはコロンビア川かね。あれも相当な大河だろうけど。

で地図をずーっと見てたら…なんか上流のほうで…2つの川ってつながってねという。

ググルマップで調べたけど…つながってるような…つながってないような。
でも両河川の上流部ってめっさ近接してるので…その間に遊水地でも作ればじゅうぶんつながってしまうという。

つまり太平洋側と大西洋側を船で行けるってことです。あらすごい。
いま船で行けたってしょうがないけど…古代ならどうかね。

じつは両河川の間にはむかし巨大な湖があったんすよ。アガシー湖だのボンネビル湖だのという。ほとんど内海といっていいような巨大湖。
氷河期まであったというのでそんな古いもんでもなく。

つまり…あっ…行けちゃったのという。
まあトンデモ妄想の材料として…。

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エアキャビン

【地理よもやま】千葉県民のルーツ

あすこは千葉島って揶揄されるけど…むかしは海がずーっと内陸に入りこんで完全に「島」だったしな。
来るにはかならず船に乗らなきゃならない。横浜の六浦にその渡し場があったそうだけど…横浜はむかしから「船」の街なんすよ。
まあそれは置いといて…。

紀州人が多いって聞くけどね。
漁労民も来るし、商人も来るし、サムライも来るという…。醤油も来るし、カツオ節も来る。
銚子の醤油商で政治家だった濱口梧陵って人ももとは紀州の人すな。

なんか千葉の山奥(市原市平蔵)に土橋平蔵とかいう…どっかで聞いたような名前のサムライが山砦築いて棲んでたっていうけど…平蔵さんも紀州人らしい。
そいえば信長の野望でも土橋ナントカっていう根来衆の武将いたすな。紀州の有力者の一族かね。

個人的には紀州というより黒潮に面した地域からの移住者が多かったんでないかな。
まあ日向、土佐、徳島、紀州、伊豆、そして房総という。

なんかその海域はひとつの「勢力圏」で…それを束ねてた首長がいた形跡。海神族というかね。
それは誰か…って神武天皇ですよ。

なので房総にも神武天皇の生誕地だという神社があり。なんで房総に!?と思うけど…上記の理由です。
その王族は房総と日向を行ったり来たりしてたんでないかな。ホツマツタヱにもそういう記述あり。
まあトンデモ話に近い…。

【地理よもやま】関東平野中央部の色別標高図

さっきの話の続きみたいな。千葉が「千葉島」だったころ。

海がずーっと内陸まで迫ってたのは…たぶん古墳時代ぐらいかね。
埼玉・群馬にある古墳群って海岸沿いにあったって事です。石材を船で運ぶのに海岸は適してたんだろうけど。

佐野市ももとは山と海に挟まれた土地…ってことで狭野って呼ばれてたそうだし。今の神戸みたいなもんかね。

それが奈良時代になると海岸線がどんどん後退していって…湿地帯になる。釧路湿原みたいになる。

そのあと平安海進でまた海がひろがって…今の柴又に棲んでた人たちが埼玉の久喜のほうまで避難する。

古い記録に嶋俣里(しままたのり)ってあるけど…奈良時代と平安時代では場所が変わってるという事です。
そのあと海岸が後退して陸地になって…住民ももとの柴又に戻ったのかね。そのへんはよく知らず。

越生(おごせ)って町もだいぶ内陸にあるけど…あれはオコゼって魚から来てるんじゃないか…ってのは土井さんの説。
じゃなくて他でも見た気がするけどどこで見たのか忘れ。

まあ「おこぜの姫」の伝説からモヤモヤ出てきた話。

【交通よもやま】Zipparはモノレール?

ロープウェイだけど…モノレールの要素もあり…また新しいのが出てきたすな。
観光地にあるアレとは違って…ちゃんとした(?)新交通システムになるらしい。

ロープウェイのゴンドラみたいなのでそんな大量に輸送できるの…と思ったけどゴンドラ(12人乗り)が次から次へ来るらしい。
なので待ち時間なし。そらすごいわね。

時速36キロぐらいで走行…あららけっこう出るわね。市内ぐらいの移動なら十分すぎ。

モノレールと違って支柱が少ないので建設費も鉄道の10分の1。しかも場所取らず。ルートも好きなようにカスタマイズ可能。

最初は「ロープウェイ? 大丈夫かな」と思ったけど…調べれば調べるほどワクテカな内容。

たとえば駅から遠いニュータウン&団地とか…あるじゃない。

たとえば2つの路線が並行して走ってるけど…その間にバスぐらいのアクセスしかないトコって…あるじゃない。

たとえば延伸計画があるけど資金不足とか用地確保とかで実現しない路線とか…(略

用途が無限に出てきそうな感じすな。まあ色々考えてくんさい。

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土師部

【地理よもやま】京都府全体よりも茨城県の方が人口が多い?

あらそうなの…比較したことないのでわからんけど。そもそも比較するもんじゃないけど。

むかし奈良行った時に「奈良県の人口より京都市の人口が多い」って地元のバスガイドさんが自虐的に言ってたのを思い出し。
それより多いってことすかね茨城は。

まあ茨城は平地(可住地面積)が広いからね。南部はずーっと平野だし、北部もあんまし高い山がない。
だから人口が集中する大都市はなくても、全地にわたってまんべんなく人が住んでる感じ。

関西民がそれを理解してないのはいいとして…群馬・栃木でさえそれを理解してないフシがあり。

群馬は高崎から佐野にかけて両毛ベルトの都市群あるじゃんすか。
栃木は宇都宮って50万都市あるじゃんすか。
茨城はああいう煌びやかな大都市ってのを持たない。なんだオレたちのほうが茨城よりイケてるじゃんという。
茨城県民もあえてそれを否定せずという(ぇ

まあ総数で見てくれという。

【歴史よもやま】「倭の五王」時代の巨大コンビナート窯跡発見 全国でたった20例

埼玉の鳩山ってトコはむかし高麗人が焼き物してたトコだってどっかに書いたけど…あれは白村江の戦いの後の話(7世紀以降)であって、こっちの記事はそれ以前の話。

白村江の戦いで百済、ついで高句麗が滅ぶとその遺民が大量に日本に避難してくる。
でもそれ以前にも半島からちょこちょこ移民がきて陶器焼いたり馬の放牧とかしてたんだろうなという。

古墳文化ってのはそういう大陸からの技術集団によって支えられていたという想像。
ただ疑問なのは…大陸には古墳みたいな巨大な陵墓が無いんだけどね。日本だけポコンとある感じ。
大陸の建造技術をつかって…日本独自の古墳を築いたって流れかね。
まあ長くなるから置いといて…。

ちょっと目にとまったのは枚方市にある遺跡から「馬の全身骨格が出土した」ってトコすな。

「枚方市を含む北河内地域には当時、大陸からの渡来人が移り住み、独自の勢力を築いていたことが分かっている」

ここでちょっと思い出した人々があるけど…昔パウーのほうで書いた記事につき。

【歴史よもやま・お給仕ネタ】厚見氏

以下は過去パウー記事から再録&まとめ。

なにげなくググったら「厚見連の末裔」って書いてあるけどね。

先祖は王仁(わに)で…その子孫は西文氏(かわちのふみうじ)で…美濃厚見荘(茜部村)を賜ったので厚見を称し以下略。
現在の岐阜駅の南が茜部(あかなべ)という地名になっており。

王仁ったら教科書にも載ってる人すな…今の教科書も載ってるのかしらんけど。
一般に…日本に漢字をもたらしたといわれる楽浪郡の文章博士。めっさ賢い人。

漢の劉邦→鸞王→王仁博士→馬史(うまのふひと)氏→厚見氏

古代史によく出てくる安曇(あずみ)氏もその一族なのかな…そのへんよくわからず。

馬史氏は大阪の淀川の東岸でウマの放牧をしてたという。さっきの「独自の勢力を築いてた人々」です。
万葉集にも歌が一首載っており。

「におとりの 息長川(おきなががわ)は 絶えぬとも 君に語らむ 言(こと)尽きめやも」(馬史国人)
米原市の朝妻公園ってトコにその歌碑があるそうな。

馬史氏はのちに武生・厚見の2氏にわかれます。

つまり厚見氏ってのは大阪の基礎を作った人々、大阪のヌシみたいな苗字だってこと。
しかも赤竜王(劉邦)の末裔だと来たもんだ。
そらカリスマ性も備わるというものです(誰の話

のちの武士集団である河内源氏ってのもあの辺の豊富なウマに支えられてたんだろうな…という想像。

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眉山

【地理よもやま】石川県が人口日本一

石川が日本一…あれは加賀百万石があったせいかね。そんだけ大人口を擁することが可能なほどのコメ生産があったって事か…。

というか明治ごろの上位見ると新潟、愛媛、兵庫…なんか「西廻り航路」の通過点が多い気がし。
よっぽど西廻り航路って金のなる航路だったんすな。ほんとに日本海側の時代。

それがほんの50年で太平洋側に主軸がうつる。んでもって東京と大阪が肥大化する。

まあ鉄道のせいだろうけど…こんなに"数値"として如実に出るもんなんすな。
明治人が受けた「鉄道ショック」っていかばかりかという。

日本人は首都崇拝が強いっていうけど…それって明治以降の…鉄道ができた後にその傾向が強まったんじゃないかと思ったりもし。
江戸期はまんべんなく人が住んでた感じするんだけどね。

【鉄道よもやま】学生が多い街

高尾行で学生さんの多い町…ってどこだろ。
中野、吉祥寺、三鷹…ひょっとして国立か…ってやってたけど中央線って掘割な駅ないすな。
ちょっとオモロい発見。

てことは新宿より東ってことかね。まあ学生さんが多いってんだから御茶ノ水だろうけどね。
個人的には楽器の街ってイメージあるけどね。ディスクユニオンも駅前にドーンと鎮座してるし。

あすこは千代田線、丸の内線…ちょっと離れて新宿線・三田線も走ってるし…地味にターミナルな駅よね。
JRしか見えてないとそういう事に気づかないこと多し。

【歴史よもやま】蜂須賀小六の風評被害

「(蜂須賀)茂韶が宮中に参内して応接室で待たされたとき、ふと卓上にあった紙巻タバコを1本失敬したところ、やってこられた明治天皇がそれに気づかれ、諧謔をもって「蜂須賀、先祖は争えんのう」と嬉しそうに茂韶をながめられたという」
(wikipediaより)

蜂須賀小六が夜盗だったというのは軍談とか講談の話だろうけど…戦国時代は小六さんみたいな人多かったんでないかな。

小六さんが子分をひきつれてドヤドヤと矢作橋を渡ろうとしたら…ちっこい小僧が橋の真ん中で寝てる。
「小僧、どけ」と蹴って起こしたら、その小僧が「なんだ気持ちよく寝てる人を足蹴にしよって、謝れ!」「ホウなかなかこの小僧は度胸のある」…という話あるけどね。
戦国時代に矢作橋はなかったそうだけど。

秀吉と小六の関係はあくまで大人になってからのビジネスの関係で…後年の小六さんも"盗賊の首領"にしては大人しい感じの人だし。
なんにしても歴史的資料が伝聞、言い伝えしかないとそうなる。

そういう風評被害で苦しんだのは佐賀藩も一緒すな。あすこは「化け猫」というイメージがあって藩士はよくイヤミを言われたらしいし(笑

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ミンダナオ

【鉄道よもやま】低い銀座線

これはよほど地下の低いトコ走ってるって意味か…クオリティ的なこと言ってるのかと思ったら天井が低いって意味らしい。
まあグッと迫るような感じするけどね銀座線。その妙な重厚感とあいまって…。

銀座線だけ新幹線とおなじ標準軌だというのでよほど車体とかデカいんだろう、たくさん人とか載せるんだろうと思ってたら…車幅は半蔵門線とあまり変わらず。
しかも天井低いときたもんだという。詐欺だか何だかという。
日本初の地下鉄なだけに当時「世界標準に合わせなきゃいけない!」という先入観でもあったのか。

なので他の路線との直通もならずという。地下鉄なのに新交通システム的な存在感なのはそのせいか。銀座線だけ強固な特異感を放ちつつ。

渋谷からわざわざ山手線で新橋・上野まで行ってる人いるけど…銀座線という選択肢もありますよ…速いし料金もあまり変わりませんよという余計な豆知識。


【歴史よもやま】戦国大名の異名

大六天魔王…信玄さんが「天台座主沙門」という仏界の代表みたいな名前の書状よこしたので、信長さんは「大六天魔王」という名で返信したという。
信長さんは古い権威とかブチ壊しまくってホントに魔王みたいな存在だったけど…それはどういう経緯でそうなったのかな。
考察すれば色々出てくるけど長くなるので割愛。

異名で好きなのってあったっけ。津軽の梟雄…といえば津軽為信。山陰の麒麟児といえば山中鹿之助。鬼島津といえば島津義弘。
鬼の〇〇って異名は多すぎるんだけどね。鬼の義重、鬼武蔵、鬼柴田、井伊の赤鬼、丹波の青鬼…強かったらとりあえず鬼つけとけという。

山内上杉家の家宰である長尾景仲の「関東不双の案者」ってのもいいすな。当時は知恵者のことを案者といい。
その孫の太田道灌と長尾景春は「案者」の血を濃厚についでしまったらしく双方知勇をふるって関東を騒乱のるつぼにしちゃったけど。

初鹿野信昌って武田家の武将は「香車の伝右衛門」って異名があって…陣羽織の表に「香車」、裏に「成金」と書いてたっていう思い出し。アレカッコいいすな。

でも一番好きな異名は北条綱成の「地黄八幡(じおうはちまん)」かね。
思い出してたらキリがなくなったのでやめる。

【歴史よもやま】日本人がキリスト教に対して排他的

なんか日本だけが鎖国してたみたいなこと書いてるけど…あの当時は清・朝鮮ともに「海禁政策」をとってて日本はその流れに乗った形という。
おかげで3国間はなんの争いもなく250年間平和を謳歌していた奇跡の時代。おなじ民族同士で殺しあってた絶対主義の国々とは対称的であり。

ときにマゼランさんは船で世界一周しようとしたけどフィリピンで「原住民」に殺されたって話になっており。今はどうかしらんけど。
でもよくよく調べるともっと現地の政治的な事情が絡んだ話なのよね。

マゼランさんは現地の王と仲良くなって国内をキリスト教化しようとしたけど、それに抵抗する勢力(ラプラプ王)というのがあり。
そのラプラプの軍勢1500に対してマゼランの手勢50人。そのときマゼランさんが言った言葉。

「諸君、われらの敵であるこれらの住民たちの数に恐れをなしてはならない。神が我らを助け給うであろうから。諸君思い出すがよい、あのエルナン・コルテス隊長がユカタンで200人のエスパニャ人でもって、20万30万の住民らを撃破したことを我々が耳にしたのはつい最近のことではないか」(wikipedia)

スペイン人は少なからずこういう発想だったという話。そういうアブナイ連中が戦国末の九州にいっぱいいたわけで。日本もちょっと弱ってたらアステカ・インカのようになってかもしんない。
よくぞ秀吉さんと江戸幕府は鎖国してくれたもんだと思いつつ。

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