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土井平助の中庭

宇都宮芳賀

【交通よもやま】中国の路面電車バス 

こういうのは日本でも試験的にやってた記憶。向こうは安全性に少々問題あっても即実用化しちゃうしな某新幹線とか。強さといえば強さだけど…。

道路に描かれたラインをセンサーで感知…それで仮想的な軌道として使える…。そういう電車のオモチャあってもよさそうな…紙のレール使って。

でもあのラインは経年で消えることないんだろうかという不安。

あと道路走ってるので交通量によってはダイヤが乱れがちにならないかという。バス専用の路面があればいいんだけどね。

鉄道の代替として鉄道空白地帯に走らせたら色々解消しそうだけどね。でもBRTがあまり普及しなかった例もありつつ…なんでだろね。

停車場にホームだけじゃなくて改札だの売店だのつけないと"鉄道乗ってる感"出ないんじゃないかという憶測。無人駅が敬遠される傾向に似て。

【地理よもやま】ドッガー平野

「あの国の名前を知ってるアメリカ人はわずか0.01%」

なんのことだ…って地図見てもよくわからない。
なんか…ブルターニュ半島デカくねという。イギリスとくっついてねという。

あすこにノルマンディー公国ってあったけどね。べつにイギリスとくっついちゃいない(笑
あの半島のノルマンディー公ウィリアムがイギリスに渡ってノルマン朝を開く…まあ関係ない話。

ってコメント記事見たら…「あすこはむかし陸地だった」という事らしい。ドッガーランドのことかね。
紀元前6000年ごろなのでそんな太古の話でもなく。

イギリス海峡は海流が激しいって話あるけど…あの海域だけ水深が浅くなってるからじゃないかと…浅瀬は流れがはやいのと同じで。

あれがアトランティスの話の根っこだという話もあるけどね。BC6000年ごろなら…まあちょうどいい時期。

まあドッガーバンクの海底をあさったら色々出てくるんじゃないかな…超古代の秘宝とか…知らんけど。
ピラミッドとか…知らんけど。

【歴史よもやま】80年前○○があった

日本は地震が多いからじゃないかと思うんだけどね。

石材建築だと倒壊した時の被害が大きい&ガレキの撤去に手間がかかる&再建が困難。

木材&土壁なら比較的被害が少ない&撤去がしやすい&町も数年でもとどおり…って流れじゃないかと。

なので家は100年も保たない…というか敢えてもたせない。文化財にして然りという。
だからあまり保存しようって気がない。

姫路城も今でこそ天下の名城とかいわれてるけど…明治時代は23円50銭(今の250万円ぐらい?)という廉価で売りに出されたそうな。
白川郷も昭和40年代の雑誌とか見ると「あばらやのならぶ廃村」という紹介のされ方してたすな。もともと消える運命だったんです。
それを保存しようってのは外来(ヨソ)の発想じゃないすかね。

伊勢神宮の社殿を20年に1度建てなおす式年遷宮がその典型じゃないかと思い。

まあよくわかんないけどね残ってるのは残ってるし。

いせしまや…emoji
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横須賀紙敷

【歴史よもやま】天津甕星(天香香背男)

あまつみかぼし。あめのかがせお。

今の茨城の大甕(おおみか)にいたエミシの王様らしいけど…どうも北関東全域を支配してたような感じ。
足利市の「カガ」もカガセオからきてるんじゃないか…というのは余談。

ていうかほんとに蝦夷だったかは不明だけどね。ひょっとしたら大和王権と同族だったかもしらんし。
ただ「まつろわぬ神」として征伐されちゃったという。

アマツミカボシが金星だってことは…過去の日記に書いてたような記憶。

あと弟の文王に位をゆずって句呉(今の上海あたり)に逃れた周の太伯って人いたけど、太伯(太白)も金星のことだという。
太伯は日本に渡来してきたという伝説もあり。

ていうかキリストとかルシファーもそうだったのねという…そのへんはよく知らず。

そういう金星をトーテム・象徴とする人って…なんか性質的に似てる気がするけどね。

大天使→堕天使
もともと大和政権の王族だった→蝦夷の王として征伐されちゃった。
周王朝の皇太子だった→句呉に逃れて「倭人」にまじって生活してた
神の化身だけど人の子の姿をとって現世に降臨した。

もともと高いところにいる存在が…下々のわれわれでも可視化できる所まで降りてくる。それが金星なのかなという。
仏教に「権現」という言葉があるのを思い出しつつ。

【地理よもやま】東京の停滞感

そんな停滞してるんすかね。人口増えてるという話しか聞かないけど。

ただ飽和状態になっちゃって…これ以上開発の余地がない的なトコあるけどね。
部分的には変化はあっても…全体としては1990年代から風景にあまり大差がないという。

開発したとしても膨大なお金がかかる。難工事になる。中途半端な結果に終わる。タワマン建てても空き物件、空きテナント多い。
近ごろそういう動画見てた気がし。
開発したから発展する…というバブルのころとは事情が違うように思い。

それよかもっと広い郊外に副都心的なの作ったほうがいいんじゃないかという…そういう論もよくお見かけし。

印西ニュータウンなんかそういう目的で作られたそうだけど…都心とのアクセスが北総線一本じゃね。
やっぱし高速(30分以内)で都心に行ける交通手段は必須かと思い。

ほかにつくば…浦和美園…新所沢…海老名とか…。

まあいいやな(^^;

【鉄道よもやま】いにしえの小金城趾駅

流山電鉄の駅。流山は高度経済成長期に急に家が増えて…そのあとTXとか出来たりして人口密集地になっちゃったすな。
TXができる前は里山が豊富にあったように思うけど。森の中に神社があったりして。ほんとにトトロの世界観。

あの記事の写真っていつのだろ。昭和30年代かね。
その後駅の横にドーンと壁みたいな団地が建って…駅と団地が一体化して…団地の下のところに改札があったという(ストリートビュー)。
なんか未来都市みたいな印象あったすな。自宅の下に駅という。

あのイメージが強いので…近ごろストリートビューで小金城趾駅見てて「???」となるのは何でだと思ったら…なんかスコーンとしてる。

「あの団地が…ない!!!」

老朽化で撤去されたんだろうけど…まあ見事なほどスコーンとしてるすな。往時茫々という感じ。

一口に「昭和の風景」っても2種類ありまっせという話。田園風なのと未来的なのと。

むかし土井さんが撮った画像


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ハックルベリー

【地理よもやま】高松の瓦町

瓦町ってどっかで…と思ったらパウーの方で貼ったすな。京成高砂にそっくりという。
駅ビルは北千住に似てて…高架下は京成高砂という。

どっか地方行って…そこの中心地に近づくにつれて「北千住に似てるな」という現象あるけどね。
中心地じゃないけど…ちょっと外れにある繁華なトコ。
名古屋通りかかった時も似たような印象を受け。

たいていそういうトコにはぬりかべみたいな駅ビルがドーンと建っててペデストリアンデッキがある。
そのまわりには中層ビル群。たまにタワマンがピョコンと建ち。

たとえば立川・府中・多摩センター・大宮・上尾・船橋・津田沼…なんだみんな北千住みたいな存在感。なんかの典型例なのか北千住。

【鉄道よもやま】西古谷

南古谷~指扇は駅間長いし…戦前にはああいうトコあったんだろうな…で流しがちだけど…コメントにあるとおり無かったらしい。
というか誤植かね。そういう事あるのね。

川越線ができる前に西武大宮線っていう路面電車あって…それに西古谷って駅が…って無いや。
やっぱしアレは誤植。

あの西武大宮線って川越駅まで行かなかったそうすな。川越の町はずれの…川越城あたりに停車場があったらしい。川越久保町駅
その先に行きたい時はそっから降りて…歩いて川越駅まで行ったのかね。大変だな。
行ったことあるけど川越城から駅ってけっこうあるぜ。

でもいまだに本川越駅とJR川越駅が離れあってるし…ちょっと歩くというのが普通なのかもしらん川越。
古い市街地を線路でブチ抜けない町の特徴「駅間をちょっと歩く」

(例)足利、前橋、八王子、宇都宮

【地理よもやま】アメリカの河川の流量

前にトンデモ話調べてる時にも感じたけど…やっぱしミシシッピ川の流域面積は異様すな。
アメリカの東側の河川はほぼあすこの川に注いでる感じ。まるで一個の巨大樹のような印象を受け。

あの河口に古代遺跡らしきものがたくさんあったんでね。ミシシッピ川を利用した文明でもあったのかなという。
メキシコ湾から船で内陸を縦断してカナダのほうまで行けてしまうという。

西側で大きいのはコロンビア川かね。あれも相当な大河だろうけど。

で地図をずーっと見てたら…なんか上流のほうで…2つの川ってつながってねという。

ググルマップで調べたけど…つながってるような…つながってないような。
でも両河川の上流部ってめっさ近接してるので…その間に遊水地でも作ればじゅうぶんつながってしまうという。

つまり太平洋側と大西洋側を船で行けるってことです。あらすごい。
いま船で行けたってしょうがないけど…古代ならどうかね。

じつは両河川の間にはむかし巨大な湖があったんすよ。アガシー湖だのボンネビル湖だのという。ほとんど内海といっていいような巨大湖。
氷河期まであったというのでそんな古いもんでもなく。

つまり…あっ…行けちゃったのという。
まあトンデモ妄想の材料として…。

おしめいemoji

エアキャビン

【地理よもやま】千葉県民のルーツ

あすこは千葉島って揶揄されるけど…むかしは海がずーっと内陸に入りこんで完全に「島」だったしな。
来るにはかならず船に乗らなきゃならない。横浜の六浦にその渡し場があったそうだけど…横浜はむかしから「船」の街なんすよ。
まあそれは置いといて…。

紀州人が多いって聞くけどね。
漁労民も来るし、商人も来るし、サムライも来るという…。醤油も来るし、カツオ節も来る。
銚子の醤油商で政治家だった濱口梧陵って人ももとは紀州の人すな。

なんか千葉の山奥(市原市平蔵)に土橋平蔵とかいう…どっかで聞いたような名前のサムライが山砦築いて棲んでたっていうけど…平蔵さんも紀州人らしい。
そいえば信長の野望でも土橋ナントカっていう根来衆の武将いたすな。紀州の有力者の一族かね。

個人的には紀州というより黒潮に面した地域からの移住者が多かったんでないかな。
まあ日向、土佐、徳島、紀州、伊豆、そして房総という。

なんかその海域はひとつの「勢力圏」で…それを束ねてた首長がいた形跡。海神族というかね。
それは誰か…って神武天皇ですよ。

なので房総にも神武天皇の生誕地だという神社があり。なんで房総に!?と思うけど…上記の理由です。
その王族は房総と日向を行ったり来たりしてたんでないかな。ホツマツタヱにもそういう記述あり。
まあトンデモ話に近い…。

【地理よもやま】関東平野中央部の色別標高図

さっきの話の続きみたいな。千葉が「千葉島」だったころ。

海がずーっと内陸まで迫ってたのは…たぶん古墳時代ぐらいかね。
埼玉・群馬にある古墳群って海岸沿いにあったって事です。石材を船で運ぶのに海岸は適してたんだろうけど。

佐野市ももとは山と海に挟まれた土地…ってことで狭野って呼ばれてたそうだし。今の神戸みたいなもんかね。

それが奈良時代になると海岸線がどんどん後退していって…湿地帯になる。釧路湿原みたいになる。

そのあと平安海進でまた海がひろがって…今の柴又に棲んでた人たちが埼玉の久喜のほうまで避難する。

古い記録に嶋俣里(しままたのり)ってあるけど…奈良時代と平安時代では場所が変わってるという事です。
そのあと海岸が後退して陸地になって…住民ももとの柴又に戻ったのかね。そのへんはよく知らず。

越生(おごせ)って町もだいぶ内陸にあるけど…あれはオコゼって魚から来てるんじゃないか…ってのは土井さんの説。
じゃなくて他でも見た気がするけどどこで見たのか忘れ。

まあ「おこぜの姫」の伝説からモヤモヤ出てきた話。

【交通よもやま】Zipparはモノレール?

ロープウェイだけど…モノレールの要素もあり…また新しいのが出てきたすな。
観光地にあるアレとは違って…ちゃんとした(?)新交通システムになるらしい。

ロープウェイのゴンドラみたいなのでそんな大量に輸送できるの…と思ったけどゴンドラ(12人乗り)が次から次へ来るらしい。
なので待ち時間なし。そらすごいわね。

時速36キロぐらいで走行…あららけっこう出るわね。市内ぐらいの移動なら十分すぎ。

モノレールと違って支柱が少ないので建設費も鉄道の10分の1。しかも場所取らず。ルートも好きなようにカスタマイズ可能。

最初は「ロープウェイ? 大丈夫かな」と思ったけど…調べれば調べるほどワクテカな内容。

たとえば駅から遠いニュータウン&団地とか…あるじゃない。

たとえば2つの路線が並行して走ってるけど…その間にバスぐらいのアクセスしかないトコって…あるじゃない。

たとえば延伸計画があるけど資金不足とか用地確保とかで実現しない路線とか…(略

用途が無限に出てきそうな感じすな。まあ色々考えてくんさい。

おりわemoji

土師部

【地理よもやま】京都府全体よりも茨城県の方が人口が多い?

あらそうなの…比較したことないのでわからんけど。そもそも比較するもんじゃないけど。

むかし奈良行った時に「奈良県の人口より京都市の人口が多い」って地元のバスガイドさんが自虐的に言ってたのを思い出し。
それより多いってことすかね茨城は。

まあ茨城は平地(可住地面積)が広いからね。南部はずーっと平野だし、北部もあんまし高い山がない。
だから人口が集中する大都市はなくても、全地にわたってまんべんなく人が住んでる感じ。

関西民がそれを理解してないのはいいとして…群馬・栃木でさえそれを理解してないフシがあり。

群馬は高崎から佐野にかけて両毛ベルトの都市群あるじゃんすか。
栃木は宇都宮って50万都市あるじゃんすか。
茨城はああいう煌びやかな大都市ってのを持たない。なんだオレたちのほうが茨城よりイケてるじゃんという。
茨城県民もあえてそれを否定せずという(ぇ

まあ総数で見てくれという。

【歴史よもやま】「倭の五王」時代の巨大コンビナート窯跡発見 全国でたった20例

埼玉の鳩山ってトコはむかし高麗人が焼き物してたトコだってどっかに書いたけど…あれは白村江の戦いの後の話(7世紀以降)であって、こっちの記事はそれ以前の話。

白村江の戦いで百済、ついで高句麗が滅ぶとその遺民が大量に日本に避難してくる。
でもそれ以前にも半島からちょこちょこ移民がきて陶器焼いたり馬の放牧とかしてたんだろうなという。

古墳文化ってのはそういう大陸からの技術集団によって支えられていたという想像。
ただ疑問なのは…大陸には古墳みたいな巨大な陵墓が無いんだけどね。日本だけポコンとある感じ。
大陸の建造技術をつかって…日本独自の古墳を築いたって流れかね。
まあ長くなるから置いといて…。

ちょっと目にとまったのは枚方市にある遺跡から「馬の全身骨格が出土した」ってトコすな。

「枚方市を含む北河内地域には当時、大陸からの渡来人が移り住み、独自の勢力を築いていたことが分かっている」

ここでちょっと思い出した人々があるけど…昔パウーのほうで書いた記事につき。

【歴史よもやま・お給仕ネタ】厚見氏

以下は過去パウー記事から再録&まとめ。

なにげなくググったら「厚見連の末裔」って書いてあるけどね。

先祖は王仁(わに)で…その子孫は西文氏(かわちのふみうじ)で…美濃厚見荘(茜部村)を賜ったので厚見を称し以下略。
現在の岐阜駅の南が茜部(あかなべ)という地名になっており。

王仁ったら教科書にも載ってる人すな…今の教科書も載ってるのかしらんけど。
一般に…日本に漢字をもたらしたといわれる楽浪郡の文章博士。めっさ賢い人。

漢の劉邦→鸞王→王仁博士→馬史(うまのふひと)氏→厚見氏

古代史によく出てくる安曇(あずみ)氏もその一族なのかな…そのへんよくわからず。

馬史氏は大阪の淀川の東岸でウマの放牧をしてたという。さっきの「独自の勢力を築いてた人々」です。
万葉集にも歌が一首載っており。

「におとりの 息長川(おきなががわ)は 絶えぬとも 君に語らむ 言(こと)尽きめやも」(馬史国人)
米原市の朝妻公園ってトコにその歌碑があるそうな。

馬史氏はのちに武生・厚見の2氏にわかれます。

つまり厚見氏ってのは大阪の基礎を作った人々、大阪のヌシみたいな苗字だってこと。
しかも赤竜王(劉邦)の末裔だと来たもんだ。
そらカリスマ性も備わるというものです(誰の話

のちの武士集団である河内源氏ってのもあの辺の豊富なウマに支えられてたんだろうな…という想像。

ちゅワケだemoji