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土井平蔵の中庭

荒屋敷

●近ごろついったの拾いものやってまへんな。いつも前半はトンデモ話、後半は拾いものにしようと思いつつ、トンデモ話してるうちアレモコレモと…。
 酔ってるんですよ(何の

●徐福アレクサンダー説とか。こういうの考えると終わらなくなるとか。

●だいたいアレクサンダーの東征ってのは領土欲じゃないと思うんで。好奇心とか探検家のそれであり。本当は「世界の果て」を見たかったんじゃないかと。
 いやもっといえば世界のどこかにある「アトランティスの痕跡」を見たかったんじゃないかと。
 また変なこと言い出したぞ土井さんは…。

●でもアレクサンダーにこういう考えを吹き込んだ人がいるんですよ。
「世界の東の果てにアトランティスの痕跡が…」
 その人は誰か。アレクサンダーの師であるアリストテレスであり。
 しかもアリストテレスの師は…誰でしたっけ。
 かのアトランティス研究の先駆者であるプラトンであり!(←ココ盛り上がるトコ

●こういう教育を受けた青年アレクサンダーは居ても立ってもいられなくなるわけで。
 でもインド攻略の途中で「部下が疲労を理由にこれ以上の進軍を拒否したため、やむなく兵を返すことにした」とありますね。本当はもっと東方に行きたかった。
 じゃあどうすればいいか。
 自分が死んだことにすればいい。

●つまりですよ。始皇帝の前にあらわれた道士徐福ってのは…老人になったアレクサンダーだったんじゃないかと。
 んでもって1977年にヴェルギナで発掘された古代マケドニアの紋章って…何かに似てませんかね。

●あ、似てない…ということで拾いもん1。春色風雅
 ミュージーじゃなくてアレよ。ミュージーは退会したのよ。

●アレよ。ミュージックトラックスよ。

●その2。安中さん
 すごいRT数だな。あの漫画やっぱり人気あるな。外国にすごいマニアいるし。なんだろな。

●ちゅーか安中さんと笹原先輩の徘徊ポイントってかぶってる気がする。それで自然に良い仲になり…。

●その3。割れ床
 ちょっと高いところにあるのかこの通路。そらビビりますわな。

●というか横の彼女が冷静なのに吹く。知っとったな。
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アディスアベバ

●AT・ASだけじゃなくて、AD・AZも含まれるのかな。アザ、アジ、アヅとか。
 あとアンドとかアンサとか「ン」がつく場合もある。語頭のアがエになったりウになったり、あるいは欠落したり…。

●まあそれはともかく…阿寺(あてら・あでら)って場所が多い気がしたんだけどね。たいてい山と山の間の渓谷にある。
 福島、新潟、長野、愛知で見かけたんだけど。他にも多いのかねアテラ。山形に左沢(あてらざわ)ってあるけどあれもそうなのかな。どういう意味なのかねアテラ。

●でその谷だか沢をさかのぼってくと「阿寺山」というのに出くわす。…事が多い。
 アテに関係する人だか神様でも住んでたのか。

●で福島のアテラはだいぶ山奥にありますな。只見線沿線。しかもよく拡大しないと地名が出てこない。
 阿寺沢…。今までのパターンだと阿寺山があるハズなんだが。そんなものはない。
 かわりにがある。沼沢沼…。
 山本山…なんだか。

●でこの沼の東に岬が突き出ていて、そこを沼御前というらしい。沼の前にあるから御前なのかなと思ったら、たんに沼御前という人がいたらしい。ヌマ姫。

●これ見ると、機織りと蛇信仰に関係する女王みたいすな。例のアルカ様も蛇を信仰してたし蛇信仰は古代共通だったんだろうと。ほんとは竜神なんだろうけど。
 というか古代王権側の人間は、大和朝廷側からは悪役であって、たいていやられ役になってるすな。そこで「龍神を祀ってた」というより「蛇を崇拝してた」とかいうとより悪役感が増すわけで。ヌマ様もその式だろうと。

●「そうか沼に住んでたから沼御前か」でその場は済んでしまいそうだけどヌマってのは古語では「宝石」という意味らしいすな。あるいは勾玉を「ヌナ」と言ってたらしい。
 なんだか月桂冠を頭にのせて勾玉の首飾りをごっちゃりつけて「ウナナーウナナー」言いながら龍神様に祈りを捧げるシャーマンみたいな人が浮かぶ。卑弥呼やんけと。

●その蛇信仰の民は、中世ごろまでその山奥に住んでたが、鎌倉武士の佐原十郎に討伐されたってことだろうな。なんだか後世の創作っぽいんだけどね。スサノオの話にかぶりまくってるし。あと神武天皇が葛城山にいた土蜘蛛を討伐した話に匂いが似てる。

●土蜘蛛…あれってけっこう重要な先住民族なんですよ。手足が長いから蜘蛛という字をつけたんだろうけど、本来は「土着のカモ族」であり。手長足長、テナヅチ・アシナヅチの巨人族。
 後世の絵だとなんか気色悪く描かれてるけど、本当は脚のすらっと伸びた背の高い人々だったんだろうと。胴長短足の人間からは「異形」に見えたんだろうと。
 そういうのが全国にいたらしいすな。ヌマ様もその一派な感じなんだけど。

●佐原十郎の話が本当だとしたら…まあ知らぬこととはいえ土地の神様を討伐しちゃったんだし。その後の佐原氏は三浦合戦で族滅寸前まで追いつめられてますな。ヌマ様の祟りなのかね。
 唯一残った佐原系の蘆名氏も最後はあまりロクなことになってませんな。でも相模蘆名氏と会津蘆名氏ってじつは別なものじゃないかと思ってるんですが憶測につき割愛。
 会津蘆名氏? あれは実はヌマ様の末えi(略

●全部想像ですから信じないように(^^;

●役小角と伊豆の話でも書こうと思ったけどヌマ様のせいで別な話に。

相生ゆっこ

●伊勢の答志島(とうしじま)って以前から気になってたんですが「答志」ってのは志摩国ほぼ全域の郡名らしいすな。むかしは志摩一帯をトウシと言ってたのかもしらない。

●リチャード・ゴードン・スミスという人が明治ごろに答志島の海女さんの写真撮ってますね。例の写真です。
 この写真見るたび「巨人族」というフレーズが浮かぶんだが…。ゴードンさんは日本人のことはあまり良く書いてないわりにこの島の人は「すばらしい人々」と絶賛してますね。体が大きい者同士で波長が合ったんだろうか。
 この島の人たちは内陸の人から恐ろしく尊敬されてたんです。困ったことがあると答志島の人に相談するほど。

●でもなんで答志なのか…。まあAT・ASじゃないからいいかとスルーしてたんですが、伊射波神社の由来を見てたら、むかしは吾田節(あたふし)と言ってたらしいすな。あ、ATじゃん…と。
 アタフシのアがとれてタフシになりトウシになったのかなと。

●で伊射波神社の祭神は稚日女尊(わかひめのみこと)というそうすな。和歌山のワカもこの人から採ってるという説もあり。
 ひょっとしたら全国にある若宮神社ってのは…。おいらてっきり弟三王子(テイサンオウジ)のことかと思ってたけどね。
 でも稚日女尊はアマテラスの妹だという説もある。つまり新島兄弟ならぬ「新島姉妹」だった可能性もあるので。巨人姉妹。

●稚日女尊という女神様は「織姫」だったらしく、スサノオに脅かされて「梭(ひ)で身を突いて死んでしまった」という。古事記だとアソコに…まあいいけど。
 AS・ATの多いところって何でか織姫伝説があるんですよ。両毛から筑波山にかけての地域。紀元前あすこらへんは海岸線だったわけで。
 両毛は毛野(けの)から来てるんだろうけど、本来は「キヌ」であり。その近くに鬼怒川が流れてますね。現在でも桐生から結城にかけて織物業が盛んであり。その唸るような財力で総理大臣を何人も…。
 まあ絹の話はこれぐらいで…。

●AS・ATってのは世界中にあるので、なんとなく気になる所にあるので、意味がわからないなりに調べてたんですけどね。そこには何もなくてもその周辺に意味深な遺跡があったりするので。まあせいぜい基準ぐらいな気分で。

●んでもって日本の事はあまり調べないようにしてたんです。「闇の古代史」とかいうワリに細かいヒントがごっちゃりありすぎるし。収拾がつかなくなるだろうと。
 んでもって「ほらやっぱり日本は特別だ!」とかいう自大的な流れになるのがイヤなので。んな証拠なんて世界中にあるのにね。インドの方がよっぽど特別だ。

●でもまあやっぱり面白いんでね古代日本。ほんとに色んな所から人が来てる。まるで紀元前において「日本ブーム」でもあったかのように。
 また大陸で失敗したら亡命先に「蓬莱へ!」という固定観念でもあったのか。孔子様も「東海に船を浮かべて」とか言ってるし。

子路「そんときゃワシもお伴しますわい!(ガハハ)」
孔子「ああ、お前みたいな野人なら向こうでも大丈夫だ」

イェニ・ルーム

●そいえば前回のマップにもう1コ矢印足すの忘れてましたな。北方のツングースルート。
 この人たちが中期縄文人だと思ってるんですがね。

●じゃあこの人たちはどういう文化を持ってたか、どんな事考えてたのか…というのは発掘物から判断するしかないすな。火焔式土器だの土偶だの。見ててますますわからなくなる。
 でも2人だけ名前がわかってる縄文人がいるんです。神奈川県に。

●アルカヒコノミコトとアルカヒメノミコトという男女一対の…なんだろな。王様なのかな。祭司長なのかな。夫婦なのか。兄妹なのか。なんだかわからない。
 ともあれ有鹿神社という神社の祭神であらせられる御二方。

●なんで縄文中期の人だってわかるのかって…神社の境内からその時代の祭祀遺跡が発掘されてるからです。つまり縄文時代からそこは何らかの宗教儀式の場だったので。
 でこの男女神は古事記に載ってない…つまり記されざる太古の神々です。

●色々記事を見てみるとアルカ様はどうも「蛇神」を祭ってたらしいすな。蛇、つまり水に関わる神様。
 で、Wikipedia先生見てて何となく気になったのは、その遺跡から「ヘラジカの骨が出土しており、それが名前の由来になった可能性もある」…とある。
 ヘ ラ ジ カ ?

●よくわからないですがヘラジカって日本にいたのかな。分布図を見てもシベリアとかカナダとか北極圏の動物すな。

●家畜だったのか、儀式用の生贄にしてたのか、あるいは神様のお使いとして大事にされてたのか。食ってたのか(ぉ
 ただヘラジカは水場を好み、水草を食うともある。つまりこれも水に関係する動物すな。

●で、何気なくヘラジカの英語表記を見ると「エルク(elk)」とあり、さらに「ラテン語 alces もおそらくゲルマン語からの借用である」とある。ガリア戦記に載ってるらしい。
 有鹿、alces、elk…。これって…偶然なのと。

●ゲルマン人ってもともとカスピ海の北あたりにいた遊牧民でしたな。それが西に向かってゲルマン人になり、南に行ってインド人になったので。
 が東に行った連中もいたんではないかと…。いわゆる古代シベリア文化というやつ。
 ギリシア神話では鹿はアルテミスに仕える聖獣だそうすな。つまり東西で鹿を神聖視してたんですよ。

●そういえばアルカはアクアにも通じるすな。全国にある荒とか赤とかがつく地名もひょっとしたらアルカ(水)が語源なのかもしらず。荒川もアルカ川なのかもしらず。赤坂もヘラジカ坂なのかもしらず。
 おいら何も知らず(ぉ

●でもなんで茨城の鹿嶋は鹿なのか、なんで奈良に鹿が多いのか、なんでもののけ姫にシシ神様とか出てくるのか、調べると何となくわかってくると思うんですがね。

脳内整理

●そっかカツオブシかぁ…と最近感心すること多し。

あの分布を調べると古代王権の何事かがわかりそうすな。

●つまり房総、伊豆、紀州、土佐、薩摩…。太平洋岸。
 個人的な予想では中国江南と台湾あたりにいた海洋民族だと思います。越とかビンとかいう人たち。

●紀元前2500年ごろにこの人たちが太平洋に拡散してポリネシア人になったという話もあり。
 今の中国人と顔が違うじゃんと思われるかもしらないが、むかしの中国沿海にはタヒチ人とかトンガ人みたいな人が住んでたんですよ。北方からきた漢民族に追っ払われたわけで。

●なら古代王権は太平洋岸だけ支配してたのか。いや全国に網羅してたと思います。これが後期縄文人というやつで。
 そのころ日本では海位の上昇によってそれまで魚貝を獲って暮らしてた原住民の数が激減してた。ほとんど無人に等しかった。そこへ簡単な農法をもった人たちがやってきたわけで。だから現地人からは熱烈に歓迎されたと思いますよ。神様にされちゃうほど。

●でも途中から「コシ」という人たちがやってきて日本海側を支配してしまった。このころから弥生時代が始まるわけで。
 この人たちは中国山東省あたりにいた漢民族で、いわゆる斉人。漢字では「越」の字があてられてるけど、中国の越とは関係ないと思います。

●むかしはたんにコシとか古志とか呼ばれてた地域に越(こし)という字を当ててたんでしょうな。新潟の長岡あたりに中心地があった気配。
 会津磐梯山麓にあった条里制の都みたいな痕跡はこの漢民族が残したもんだろうと。

●この後期縄文人(国津系)と弥生人(天津系)が時折対立し、あるいは融和しながら共存してたのが弥生時代であり、その影響は蘇我氏と物部氏の対立、平将門の乱、前九年・後三年の役、源平合戦、朝廷と武家の関係、南北朝時代、はては藩閥と自由民権運動の関係にまで及んでおり、ぶっちゃけ日本史は国津系と天津系の関係で説明できたりする。

●ほとんどアトランティス関係ない…いやいや国津系・天津系どっちも元はチベット人という事です。アッサム人です。
 アッサムから北方に行った人たち(漢民族)と、南から海をめぐってやってきた人たち(長江・江南人)が東シナ海沿海で出会ったわけです。そこで目くるめく歴史ドラマが生まれ…。
 もういいか疲れた。