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土井平助の中庭

黒田節

【鉄道・地理よもやま】神奈川・埼玉都民

千葉は…総武本線とか京葉線あるじゃんけ。東京駅近いじゃんけ。横浜も乗り換えなしじゃんけと。何が不足かと…。

でも新宿・渋谷に行くには遠いから「切り離されてる」なのか。東京駅で中央線乗んなさい。錦糸町で総武各停乗んなさい。
まあ1回乗り換えという手間がね…。

千葉駅以遠は…高速バスもありつつ。銚子とか木更津以遠。
ちゅーか…なにあの木更津の高速バスの多さという。東京・品川・新宿・横浜・川崎・羽田空港行が1時間に1~2本ずつあり。謎。
こういう事情で新宿直通の電車無いのと思われ。

総武本線と中央線を直通にすれば「切り離され感」は解消すると思い。しないだろうけど(笑

【鉄道・地図よもやま】雨の北陸急行

北陸にかぎらず…雨の車窓ってのはいいもんすよ。車窓にかぎらず。

ググルのストリートビューも晴天の風景しかないので…たまに曇りの風景があったりするとホッとします。
「他の日付を見る」を選択すると過去画像の中に曇りの日のがあったりする。
おなじ風景でも印象がガラッと変わる。曇りの日のほうが対象を把握しやすい事あり(土井さんの場合だけかね

雨模様の日で…まだ夕方の4時ぐらいだけど街灯がついてて…商店の明かりがもれてて…濡れた路面にブレーキランプの赤い光が滲んでる感じだともっとエモいです。
ただの土井さんの好み(^^;

ストリートビューにも「雨天バージョン」「夜景バージョン」があってもいいんでないかと思ったりし。

【歴史よもやま】福岡藩2代目

まあ黒田忠之公。栗山大膳の忠臣イメージに比して暗君イメージがあるけど実情は知らず。

忠之さんは先代以来の宿老を嫌ってお気に入りの側近を近づけ…豪奢な生活三昧をしたっていうけど…そういう例はいくらでもあるすな。
江戸期を通してもそうだし、遠くは春秋戦国時代、あるいは西洋史においても。なにか人類史の一法則なのかしらず。

先代の長政さんは「上手くやった」って書いたけど…その父親の官兵衛さんは関ヶ原のドサクサにまぎれて天下を狙おうとしてるし…嫡子の忠之さんはお家騒動起こすしで…本来ならまっさきに取り潰されてる藩だろうけどね。加藤・福島家の例のごとく。
でも幕府はなぜか異様な寛大さで福岡藩を存続させてるすな。寸土の領地を削ることもなく。
長政さんは幕府の役人にも顔が広かったし、その律儀さは家康によほど好まれてたらしい。

処刑される直前の石田三成に羽織をかけて「これも時の運でござる」と慰めたって話。ふつうだったら咎められるところ…なぜか家康さんは黙視してる。
前も書いたけど家康さんは「三成ラブラブ」だったからです。めっちゃ三成を助けたい! …けど立場上できない。
そこにあの長政さんの優しさを見て「あぁ武士とはこうでなくては!」と感動し、逆に加藤・福島らに強い嫌悪感を抱いたに違いなく。
まあそれはそれとして…。

そういえばすっごい昔に栗山大膳の話見てたけどなんだっけ…と思ったら森鴎外の短編集にあったすな

栗山大膳・森鴎外(青空文庫)

短編っても…明治の仮名遣いなので読むの大変だけど(^^;

毎回なに書いてるかわからずemoji
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青毛堀川

【歴史よもやま】わたあめ武将

あの頭の鉄板のトコに棒をやってクルクルやると…ハイわたあめ(略

まあ黒田長政。名将だったのは知ってるけど…具体的にどんなことしたかってのはよく知らず。
関ヶ原の時はうまくやった人という印象。黒田家は改易もされずに明治まで残ったしな。

父親の官兵衛さんが有岡城で荒木村重に幽閉され…官兵衛が荒木方に裏切ったと勘違いした信長が…って記事にもあるので割愛。
まあ竹中半兵衛の機転で松寿丸(長政)は命を救われたよという話。

そのあと半兵衛はすぐに病死してしまい、黒田家はずっと恩に感じてて…半兵衛の子の竹中重門の時にその恩を返したって話あるけどね。

そこまでなら美談だけど…ただ松寿丸の身代わりになった「遊び相手の少年」というのがただ無残な気もし。殉死がふつうだった封建時代の話…だけども。

【地理よもやま】異世界の踏切

ここどこだろ…なんにも説明ないけど。お、おせーておせーて(・3・)
と思ったけど画像に書いてあった。宮道踏切…新白岡と白岡の間あたりね。久喜市内。

地図で見たら鷲神社とある。あすこらへんに鷲宮神社っていう関東最古級の神社あるけどその末社かね。はぁ…らきすたの聖地…。
まさかあの神社専用の踏切じゃないだろうなと思ったけど…ホントにあの専用踏切らしい。踏切の向こう側は神社と畑があるだけ。

ほかに似たようなトコ…ったら江ノ電の沿線にもありそう。
あと葛飾八幡の前もそうだったすな。
ちなみにあの京成の線路のあるトコが昔の海岸線だったそうな。

【地理・歴史よもやま】海岸にある神社

なんか前の記事の補完みたいな記事。

ちょっと昔は(今も?)駅にヒマな若者がたむろってたけど…あれはどういう心理かといったら「どっか別な世界に繋がってる」トコに若者は集まるらしい。
なので昔は河岸とか港湾にたむろってたし、その前の時代は神社にたむろってたという。

なんで神社なのか…ってのは「別な世界に繋がってる」場所だからだそうだけど。

そう考えると形而上的な話になるけど…古代の神社って海岸にあったんすな。今は海岸が後退して内陸部になってるけど。
ほんとに「別な世界」に繋がってたトコ。

船が発着できる場所にお宮があって…お宮のヌシである「宮様」は船でミヤコと地方を行ったり来たりしてたんだろうと。
なので神社のまわりにいるとミヤコ(奈良?)のトレンディでナウな文化を享受できるという。

なんかコンビニってのも似たようなもんだな。あちこちから人やら車が集まるし…普遍性というのを各地に浸透させる存在。あれは現代版の神社かもしらず。

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マルコマンニ

【地理よもやま】和光富士見バイパス

あんまし道路は詳しくないけど…以前ググルマップで見てたすなこの道。川越のほうからずーっと都心にむかって伸びてるという。
そのまま都心行ってくれればいいけど…途中でT字路になってて途切れてるという。長距離遠征用じゃなくて地元用の道路かね(現時点では

見てみたら陸橋は豊富にあるわ…歩道はおそろしく広いわで…モデル道路といわれるだけあるなと。ウチの地元にも似たような道あるけど途中で途切れており。どこも同じ事情か…。

それはいいんだけど…あの国道254号線ってどこまで続いてるのかな…川越の先かな…と思ったら群馬の方まで続いてるという。
あら群馬まですごいわね…と思ったら…またどんどん西へ伸びて…山の中に入ってって…長野の佐久ってトコに出るという。
あら佐久まで行くの壮大な道路だなと思ったらまだまだ続いて…さらに山の中に入ってって…最終的に松本に辿りつくという。
あんまりすごすぎると逆に驚かなくなるもんすな(笑

ググルマップで辿ってただけだけど疲れちゃったという話。
松本あたりに実家のある人はあの道辿って帰ったらよく(恐ろしく時間かかるだろうけど

【歴史よもやま】後北条のあの人

氏政さん…と言いたいけどご子息の氏直さんかね。なんか父上と生き写しみたいすな…DNAすごい。
北条家の一門衆はほとんど切腹したところ…氏直さんだけは徳川家康の姫君を奥方にしてた縁で一命を取りとめたという。

1万石の大名になるところ疱瘡で亡くなったとあるけど…時期的にね。自害説、暗殺説…いろいろ想像が。
自分だけ生き残ってて心苦しいってのもあったのかな。

大名になったのは甥の北条氏盛って人で…河内狭山藩として明治まで続く。
家康って人は「名門マニア」だったらしく…大大名の子孫は小大名・高家として残すトコあるすな。
信長とちがって中世文化への深い憧憬でもあったのかしらん。

狭山藩ったらよく新選組とトラブル起こしてたけどね。トラブルっても…新選組が小大名に難癖つけて金まきあげるだけの話。
「北条遺臣」である多摩郷士の近藤・土方も…相手が「旧主筋」だとわかってやってたのかしらず。素でわかってなかった感じだけどね。

【歴史よもやま】ローマ人のへそくり

またおなじ御方の記事。
次々に面白ネタ投入してくださるので助かっており(^^;

アンフォラ…ったら球状アンフォラ文化思い出すけど。漏斗状ビーカー文化とか。紀元前30世紀以前の…とてつもなく古い時代。
ローマのアンフォラもワインとか入れてたのね。じゃあヨーロッパのワインの歴史ってよほど古いんすな…新石器時代からワイン飲んでた可能性。
ひょっとしたらあの縄文土器ってのも…終わらなくなる話。

紀元4世紀初頭に2度の火災にあって放棄された遺跡。フランス北東部ったらずいぶん辺境すな…ローマ領の北辺じゃないかと。
あのころは「四帝分治制」で複数の皇帝がいて…それらが主導権をめぐって争ってるという。ガリア地方(フランス)なんか内乱の舞台となった地域。
しかも北方にはフランク人だのアレマン人という異民族(ローマ崩壊後は彼らが西欧の主となる)がいてたえずローマ領に侵攻してくるという。

そのたびフランス北東部の街道筋はローマ兵が右往左往してたことと思われ。まあ落ちつかない時代。
あの壺が見つかった村も戦火にあった可能性あるすな。

ちなみに同時代の同地域で起きた大規模な戦争

アルゲントラトゥムの戦い

そう考えれば歴史ロマン炸裂だけど…たんなる失火の可能性もあり。妄想は楽し。

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美園陸橋

【鉄道よもやま】青砥駅?

青砥ってこんな感じだったっけ…どっか京成高砂っぽいけどね。青砥はもう完全高架化されるし…もっと都市的に洗練された…。
と思って京成高砂をググルマップで見てみたけど…似てるけど様子が違うなという。

それに東急車2両ってなんだろ…回送かな…でもお客さん乗ってるしな。しかも車輌が古すぎないかねという。ひょっとして20年前ぐらいのレトロ映像か。
と色々混乱した動画。

映像を一時停止して見たら「1082」とある。東急1082…ってググったら今は琴電で使われてるらしい。

琴電に…こういう高架の駅ってあるの…?(・・)

高松市の瓦町駅下

オオオン、オロロンオロロン(ヨロコビの咆哮

ていうか鉄道の高架下じゃなくて上は歩道なのね。
にしても高松って都会すな(今ごろ

【地理よもやま】高速上の橋

これはどこだろうね(恒例) 山の感じから中央道っぽいけど…上野原・大月間とか。こんなトコ全国に無数にあるだろうけど。
浦和美園あたりの東北道上にもこういう陸橋多かった気がし。

高速だけじゃなくて鉄道・新幹線上にも多そう。羽沢横国にもこういう橋あった気がし。

そいえば常磐道の上にこういう橋かかってて…古地図で見たらちゃんと旧街道と重なってるんで感動した記憶。
新たに高速できることになったけど…昔からの道は残しましょうっていうんで橋かけてるケースが多いのと思われ。
なんもランダムでかけてるわけじゃなく(ランダム

なので農道上とかも多いのかね。農家の軽トラがよく走ってるイメージ。
でも高速ぞいにニュータウンができたりして…車で向こう側にいく人も多くなって…橋の上で軽トラと鉢合わせ…という光景もありがち。
そこへちょうどよく学校帰りのチャリ通の学生さんが通りかかってニッチもサッチも(略

【歴史よもやま】平将門の愛妾

あの桔梗塚って行ったことあるすな。国道沿いにあって…生垣に囲まれてて…狭っ苦しくて変なトコにあるなという印象。
しかも男根信仰の強いトコなので…置いてある石碑もなんかソレっぽい形をしており。

愛妾→エロス→男根という…なんかわかりやすい流れだなと。偶然だろうけどね。

桔梗塚のあるトコで追手につかまったとあるけど…別に桔梗御前が身を投げたって「沼」もあり。
今は沼はなくただ桔梗田って田んぼがあるだけ。
1000年以上前のことにつき話がプラズマ状に揺らいでおり。

地元の伝説ではそれだけの話で…女スパイ説ってのは尾ヒレだろうけどね。

彼女は将門から彼の弱点(こめかみ)を聞き出して…藤原秀郷に伝え…秀郷は将門のこめかみ目がけて矢を放ち…という。
聖書のサムソンとか…ギリシア神話のアキレウスの話をホーフツとするけど。
どっちかに話の根っこがあるのか…この手の話は世界普遍なのかしらず。

おしまいemoji

秋川渓谷

【鉄道よもやま】浦賀発の京急

なんかのイベントすかね。近ごろ「えー」ってトコでライブとかやるの多いすな。アニメの聖地的なトコとか。
それはおいといて…。

そいえば浦賀発って京急もあったのよね。品川止まりなので…その先の人間には全然馴染みがなく。たまに北総線にも三崎口とか久里浜行あるけどね。

にしても「普通」って品川まで2時間強…ひょっとして明治の陸蒸気より遅いんじゃないかと。京浜東北線が可愛らしく見えるすな。

あれは「堀ノ内で速いの(特急・快特)に乗り換えたらいいよ」と助言するのが親切心だと思われ。

ちなみに浅草線方面から横浜とか行く場合…泉岳寺と京急蒲田のどっちが乗り換え駅として便利なのかという疑問。
人に教える場合は泉岳寺一択だけどね。でも京急蒲田もどっと本数増えるしな。ぶっちゃけどうでもいいんだけどね(ぉ

【地理よもやま】水路橋

あれはどこすかね…って小千谷ね。新潟の。
立地的にほくほく線のトンネル&高架みたいな印象だけど。特急はくたかが日本最高速で…って今は昔。

ほかでもああいうトコ見たような気がするけど…千葉の香取市あたりかね。
利根川から茂原のほうまで農業用水をはこぶ…両総用水っていうやつ。トンネル作ったり橋かけたり大変だなという印象。
東金公平水路橋ってのが有名らしい。
水平じゃなくて公平なのね。公平に水を配るって意味か…よくわからず。

と思ってググるマップであのへん見てみたけど…前に見た場所と違うぞ…という。前に見たのはどこだっけ(笑
高速道路なのかな…と思って地図で見たら水道橋だったという。場所が思い出せず。

まあ探せばどこにでもあるよ(^^;

ああ橋見るとどうしても妄想上でボートとか走らせたくなる性分。イギリスにもナローボート用の水道橋あるけどね。
交通・輸送手段としても利用できないのかという余談。

【歴史よもやま】八王子城合戦

はぁこういう事がね…やっぱし敗者側の運命は散々すな。
ウチの地元にも敗者側の城跡あるけど…なんか鬱々とした感じ。薮のくらがりの中に…背中をまるめた落ち武者みたいな影が…(略

ていうか後北条方に属してた小豪族の城なんだけどね。後北条方はみんなそうだったのね。

前に八王子城&滝山城っての見て「えーこんな山奥だったのぉ」ってビックリしたけど…てっきり平地にあるのかと思ってたので(笑
高尾の北の山中にあって…なんか甲州街道の入口をおさえてる感。

あすこの城主の北条氏照ってよく茨城・千葉方面にも出張してたんすよ。来るたびあの山を登ったり降りたりしてたのかと。大変だなと(小並

もともと八王子は「大石氏」って豪族が支配してて…北条氏康は息子の氏照をそこに養子にやって…氏照さんは一時期大石姓だった時期もあり。

前回の日記で伊東甲子太郎のこと書いたけど…彼を暗殺した新選隊士の中に大石鍬次郎って人がおり。
ひょっとして大石氏の末裔じゃないかと書いたことあるすな…多摩の出身だし。
ていうか近藤・土方とかの多摩郷士は「北条武士の末裔」であることを誇りにしてたフシある。

それを考慮しつつさっきの八王子城の記事見ると色々感慨深いものがあり。

どりゃっemoji