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土井平蔵の中庭

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むかし書いた室町時代の話

 禅秀の来訪、ときいて、満隆は首をひねった。
「禅秀殿が、なにゆえ?」
 禅秀とは、まったく親交がないというわけではない。鎌倉御所ではいい話し相手だったし、よき相談役でもあった。しかしそれ以上の親交はなかった。
 その禅秀が邸に訪ねてくるなど滅多にないことである。
(まさか、管領職を辞めさせられた愚痴を、わしにこぼしに来たのか。……そうか、おたがい落ち目同士で、親しみを覚えたのかも知れん)
 そんな同情を感じつつ、満隆は禅秀と会った。
「これはこれは、翁にはご壮健でなにより」
「あはは、いやいや、満隆さまも、老来ますますその顔に精気が満ちみちているように見えもうす」
 すると満隆は、自らの頬を手でおさえて、いささか恐縮するように、
「これは……。いやはや、精気があっても、この隠居同然の身では詮なきことにて」
「左にあらず。精気はもちつづけても損これなく、猛く勇める気概は、武士として当然の心情でござる」
 それを聞いて、満隆はふいに胸がつまって、しばし声を失った。
 禅秀は、その頬に温色をたたえたまま、訊いた。
「いかがなされた」
「い、いやいや。……武士、という言葉、ひさびさに心地よきものとして聴きもうした。そう、それがしも武士でござった。それを、忘れていた」
「お察しもうす」
 禅秀も、グッと顎をひき、ひいたまま動かなかった。その目はきつく閉ざされている。
 二人とも、「武士」としての地位も、誇りも、務めも、あの持氏という若僧によって奪われただけに、おたがいその苦衷がよくわかった。
 やがて、満隆が、口惜しげに云った。
「もし、許されるのなら……このわしも」
「は?」
「あ、いや、なんでもござらぬ」
 すると、禅秀ははなはだ遺憾な顔をして、
「いや、どうか腹蔵なく願いたい。恐れながら満隆さまのお心、この禅秀痛いほどわかっているつもりでござる」
 と云った。満隆は、うん、うん、と数度うなずいて、
「……武士として立ちたいと思う。それがわしの願いでござる。しかしもはや叶わぬこと」
 その声には、かすかに叛骨の意志が匂っている。もし許されるならば、
「ともに手をくみ、一華咲かせよう」
 という誘いも含まれている。しかしその言葉は、あくまで詠嘆の域を出ず、現実味が感じられなかった。
 そこで禅秀が本腰にはいった。
「しかし、ちかごろ持氏公の御政道はまことにひどい。これにそむく者が続出しております。満隆殿は、この状況をいかが思し召す」
「たしかに、奥州では不穏な動きこれあり、さらに佐竹家では、あの事件以来、山入一党が騒いでおる」
 あの事件、とは、先の管領山内上杉憲定が、その子義憲(憲基の弟)を、佐竹家に無理やり養子にいれようとしたことである。この養子縁組には、みずからの傘下を増やそうとする公方持氏の強力な後援があった。
 それゆえ佐竹家の一族山入与義が、
「なにも他家の血を、わが家に入れることはない」
 と騒ぎたて、鎌倉府にたいして不穏な動きをしめしているのである。
 が、このような動きは、なにも山入氏だけに限ったことではない。関東には無数にある。
 禅秀が云う。
「その養子縁組について、わたしは何度も持氏公を諌めましたが、公は、すぐにカッとなって聞く耳をもたれず」
「………」
「武士はただ、主君からうけた御恩のため奉公にはげみ、義のためなら命を惜しまぬ、と申します。さりながら持氏公の恩も義もない政治では、彼らの反感は当然でござる……」
「うむむ」
「さてあなたも政敵、上杉憲定の讒言にあってからくも危うい目にあい、今もそのお恨みを忘れてはおりますまい」
「うむ……」
 満隆の顔に、さらに精気がみなぎった。右手で左の腕をつかみ、こめかみに血管を浮かせている。あのときの屈辱が、いまありありと甦ったものらしい。
 しかし満隆は、まだ"夢想"の段階から抜けでていない。満隆が、ボソリと云った。
「されど、我らがいくらあがこうとも……」
 そこまで云って、満隆がしばらくふし黙っていると、その耳に、ふくみ笑いの声がしずかに響いた。
「………?」
 顔をあげて禅秀を見ると、禅秀は、かるい咳でもするかのように、くっ、くっ、と肩を動かして笑っている。
「いかが、なされた」
「いやいや、満隆殿、これを」
 禅秀が、ふところから一通の書状をとりだし、それを満隆に渡した。
 それを受けとり、おもむろに広げる。そして紙面に注がれていた満隆の目が、ギョッと見開かれた。
「こ、これは!」
 満隆が、書状を震わせながら、叫ぶように云った。禅秀はまだふくみ笑いしている。
「いかにも。大納言卿、義嗣さまからのお誘いでござる」
 満隆は、ひどく感激のていで、はああーっ……と息をもらし、
「こ、この満隆、いまだ武運は尽きておらぬ」
 と、涙さえにじませ、その書状をおしいただいた。


*今見てもさっぱりわからね(ぉ

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