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土井平助の中庭

赤松・白旗城

【歴史よもやま】プチャーチン

幕末に日本にきたロシア人って聖人君子みたいな人多いすな。

ヘダ式帆船を日本にもたらしたモジャイスキーさんもそうだし。
漂流した高田屋嘉兵衛を保護してその帰国に尽力したリコルド副艦長も…なんか天使みたいな人だし。
こういう至純な人がいるのかという。じゃなかったら嘉兵衛さんシベリアの野で凍死してたろうな。

アメリカが日本にゴリ押し強硬姿勢で来たので、ロシアはその逆のやり方で来たのかね。そのへんはよく知らず。

幕府側も佐渡・長崎とかの遠国奉行には川路聖謨みたいな"模範的武士"をとくに選出してたので…そういう人とロシア高官との交渉は…なにやら人類史の一芸術を見るかのごとし。

個人レベルでは相互に深い友情を結べそうな民族性だけど…国家レベルではそう上手くいってこなかったのが不幸な話ではあり。

【歴史よもやま】有倭人以時盟不

なんか魏の曹操一族の墓から発見された石板らしいけどね。
そこに倭(日本)の表記がある。

曹操の祖父にあたる曹騰って人は外務大臣的な立場だったらしく…そのころから倭の使者が来てたらしい。
それも倭の2つの勢力から。

有倭人以時盟不ってのは「倭人、時を以て盟すること有りや不しや」って読むけど…ググったら漢と盟するんじゃなくて…と考察してる人あり。
倭の2つの勢力が盟するかって意味らしい。

「あいつら一体いつになったら仲良くするんだよ」ってニュアンスかね。
どうも2つの勢力の使者ってのがお互いの悪口言いあってて、曹騰さんはその対応に苦慮したらしい。

そこから当時の日本ってやっぱし分裂してたんだなというのがわかり。
弥生・古墳時代の遺跡って柵と環濠でめぐらしたの多いので紛争状態だったのは想像に難くないけど。
吉野ヶ里遺跡なんて戦国時代の平城とほぼノリ一緒だし。

のちに卑弥呼の時に統一された(?)みたいだけどその死後また分裂し…という感じかね。
どういう勢力が争ってたのか歴史に残ってないので不明だけど。

なにげない一文だけど日本史にとって貴重な資料ではあり。

【歴史よもやま】大鳥圭介

なんかパッと見は…「ハイどーも、ナントカランドブログの時間です!」とか言ってるYoutuberの人に似てる気がし。
わきで「そうやねぇ」と相槌うってる弥生人がいたりして(ぇ
それはさておき…。

圭介さんって姫路の人なのよね。赤松村の医師の家。
姫路ときて赤松ねぇ…という。

むかし何か調べ物してると「この人も」「あの人も」という感じで姫路出身の人多かった気がし。

茨城に利根町ってあるけど『利根川図志』って本書いた赤松宗旦って村医ももとは姫路の人。

やっぱり利根町で幼少期をすごして『利根町図志』から多大な影響を受けた柳田国男も姫路の生まれ。

『街道をゆく』という柳田国男ばりの紀行小説を書いた司馬遼太郎の先祖も姫路の近くの福崎。

柳田国男と双璧をなす民俗学者の赤松啓介って人もその近くの加西市ってトコ。

どれも小さな知識を積みあげていって…やがて堅確とした大神殿をぶち建てるような感じの人々すな。大鳥圭介もそんな人だったのかね。
姫路ってそういう人が多いんだろうかという。同時に「赤松」って名前がチラチラとし。

妄想がとりとめもなくなるので止す。

またねっ、バイバイッ、またねっ、バイッ…emoji
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