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土井平蔵の中庭

フリ鳥

●なんかシュメールシュメール書いてるけどシュメール本体が発祥だったか分からんですけどね。
 前にも書いたようにミタンニ小王国群とかマリ王国とか、ミタンニ発祥であるウラルトゥとかだと思うんですけどね。

●これらの小国群はシュメールからは文化的影響を受けつつ、ヒッタイトからは金属器による影響を受けた。文化的にはむしろヒッタイトより上で、ヒッタイトは軍事的では優位でありつつ、文化的にはこれらの小国から影響を受けてた形跡がある。ローマとギリシアの関係に似てる。
 こういう周辺諸国のほうが中央の文化を保存・継承してくもんすな。日本人があまり形を変えずに漢字を継承してくのに似て。

●ミタンニ…というけど何だかたくさんの小国で分裂してた。これらの小国がどうなったか…というのは前回よく調べなかったんですがフルリ人で見たらけっこう詳細に書いてあった。
 やっぱりヒッタイトとアッシリアにボコボコにされてる。んでもってBC13世紀ごろには全消滅してる。

●この小国に分裂して統一しない。というのは遊牧民にみられる特徴すな。長男・次男・三男に遺産を分割相続させるんで一つの勢力がどんどん分かれてく。つまり封建制のルーツですが…。ヨーロッパと日本がそれを持ってた…というのはたんなる偶然じゃないすな。根っこは同じなんです。

●周王朝ももとは分割相続の騎馬民族であり、それが殷の領域内に転居することで殷化して古来の風を捨てた感じもする。そう状況で長男の太伯は「伝統を捨てるのはイヤだ。殷人になるのはイヤだ」といって出奔した…という見方もできる。
 でも殷化(中国化)したあとも周は本来の分権制をひきずってしまい、諸国に分裂し、春秋戦国時代になる。
 こういうケースは五胡十六国の時にたくさんあったと思うんですけどね。漢民族化するのを嫌ってずっと胡風を押しとおした国とかあったろうし。
 まあ封建制はどうでもいいんすが。

●このフルリ人のルーツ…というのを見てちょっと意外だったんすが、もとはコーカサス山脈の麓にいた遊牧民みたいすな。アッシリア北方の「スバル」から来たというけど、そのスバルというのがどこかは不明。高天原とかアスガルズみたいな神話・観念上の理想郷だった気もする。
 ということはフルリ人たちは自分達のことを「スバル人」と呼んでた可能性もある。

●つまりフルリ人は根っからのオリエント人じゃないんで。紀元前25世紀中央アジアからやってきて…その時に馬を持ちこんできた。それ以前メソポタミアとエジプトに馬はいなかったらしく、この彼らの持ちこんだ馬が両文明の隆盛をもたらしたんではないか。でもって両文明から「傭兵」として一目置かれてたフシがあるすな。
 ミタンニ地方にたくさんの国々を建て、シュメールに匹敵する(シュメールが滅亡した後はオリジナルを凌ぐような)文明を築いた。
 ただ小王国連合という状態だったために統一国家&鉄器文明であるヒッタイトやアッシリアの侵攻を受け、紀元前13世紀ごろには全消滅した。…という流れかと。
 一説には故郷のスバルに帰ったともいう。つまりコーカサス山脈。

●この前13世紀ごろに消滅した…というのが重要です。なぜならその100年後におこるカタストロフ…その大変動の主体が誰だったかを解くカギになると思うからです。
 このカタストロフの打撃を一番受けたのは誰だったか。ヒッタイトですね。つまり一度中央アジアに逃げてったフルリ人が、100年の間に実力を養い、遊牧民を率いてふたたびオリエント世界に逆流してきた。つまり復讐だったと考える事もできる。
 でもそんな事はヒッタイト側は忘れてるので「誰そ彼」という間に滅んでいった。その謎の遊牧民もさんざん地中海世界を引っかきまわした挙句、歴史の中に自然消滅していった。

●でも中央アジアに逃げていったフルリ人(スバル人)が全部地中海に乱入したか…というと違うと思います。その後の世界史の流れを見ると4つのケースが考えられます。

①中央アジアにとどまって騎馬民族化したグループ(スキュタイ人・トゥルク人)
②東方へ向かって半農半牧になったグループ(周・大月氏・朝鮮人・日本人など)
③西方に向かってカタストロフを引き起こしたグループ(海の民・ギリシア人・トロイア人など)
④北方へ向かって北欧の少数民族になったグループ(北欧人、ノルマン人、サーミ人など)

 この他にウラルトゥ王国を築いたグループというのもあるけど省略。
 本来フルリ人などは古代オリエントに現れた一勢力にすぎないんですが、古代のある時期に中央アジアで分裂して各民族の祖になった事が重大なのです。

●このスバル人の足跡…というのは世界に残る「古墳」の分布見ればわかると思います。シュメールの後継者であるミタンニ諸王国はその文明の粋ともいえるジッグラトを有してました。スキュタイ人のグルガン、秦の始皇帝陵、日本の古墳、高句麗にもジッグラトそっくりな墳墓があります。
 でもう一つ忘れちゃならないのがアメリカです。インディアンのマウンド文化。マヤ・アステカのピラミッド。実にジッグラトそっくりです。スバル人は海を渡ったとしか考えられません。

●というのは空想ファンタジーの世界なんですが、ハプログループRの図を見ると…なんとなくスバル人の足跡が見えてきませんかね。注目すべき点はアメリカ大陸にも分布してるってことです。でアメリカの場合はそのルーツが「はっきりと結論が出ていない」という点です。つまりどうやって渡ったのか分からない。
 おいらはサーミ人がその鍵を握ってたと思うんです。

●サーミ人はフン人発祥、というけどフン人(騎馬民族)の特徴である馬を持ってませんでした。たぶん北極圏は寒すぎて馬が生存できないのかもしらない。
 じゃあ代わりに何に乗ってたか。トナカイです。
 このトナカイの分布図を見ると…やっぱりハプログループRのそれに酷似します。んでもってやっぱりアメリカ大陸にも及んでいる。
 トナカイといえばサンタクロース。サンタクロースといえば赤い帽子。赤い帽子といえば…詳しい人なら知っている。拝火教のマギです。

●もうひとつの証拠は「フルリ人が膠着語を用いていた」という点です。この膠着語の分布を見ると…前2者の分布の仕方に似ている。やっぱり北極圏が濃厚です。
 アメリカ大陸の表記がないけど、エスキモー・アリュート語族、マヤ語族などが限定的ながら膠着語を用いているという。
 ちなみにヒッタイトは非膠着語です。

●ならどうやって渡ったか…ベーリング海ルートか…というヒントをくれたのがトナカイの分布図でした。なんでか北極海の島々にも住んでますね。どうやって渡ったのか。人が運んだとしか思えません。
 でもってその中のひとつの島の名前を見て「うなっ」となったんですが。
 スヴァールバル諸島。そういえばあったなぁ…と。
 スヴァルはSvalbardi(寒冷な)が語源らしいけど、おいらはどうしてもスバル人が浮かぶんですけどね。というかスバルにはもともと「寒冷な地方」という意味があったのか。
 ちなみに日本でも寒いことを「しばれる」言いますね。あれも不思議な言葉です。

●このスヴァールバル諸島はふつうの地図で見てもわからないですが、地球儀を上から見ると(グーグルマップの3Dモードで見ると)意外なほどグリーンランド、カナダに近い。もし北極海が氷結したらトナカイで渡ることもできたかもしらない。…簡単に書いてるけどトナカイ、およびハプログループRの分布図を見るとそうとしか思えません。
 なんらかの事情があって海を渡ったサーミ人。その末裔がインディアンになり、インカ、マヤ、アステカ文明を築き…と考えると胸熱すな。
 ちなみにスキュタイ人が持ってた「討ち取った敵将の頭の皮を剥ぐ」という風習をなんでかインディアンも持ってましたね。あれ強烈すぎるほどの証拠だと思うんですが。

●アメリカ先史文明が青銅を知っていても鉄器を知らなかった、あるいは馬を知らなかったのは以上の理由によります。鉄が広まったのはヒッタイト崩壊後のしばらく後のことであり、それ以前に北欧に渡ったフルリ人の一派があり、彼らは鉄器を知らぬままアメリカ大陸に渡っていった。
 馬は寒冷な北極海を渡るために持ちこめなかった。かわりにトナカイです。

●アステカの名の由来は北方にあるアストランというけど、その絵を見てある湖を思い出したんですが。コラ半島のイナリ湖です。というかコラ半島にある湖はたいてい多くの島々を有してます。
 北欧の人間ははるか東方にアスガルズを思い描いたけど、アステカの人間は北欧こそアストランだと考えてたんではないか…。まあ空想に類する話ですが。
 ケッツァルコアトルが「白い神」であったことも留意すべき点だと思います。

●ほとんど簡略化して書いてるので舌足らずな点も多いですけどね。このフルリ人の別名であるスバル。これを星の名前として記憶してる民族がいましたね。あえて書かないけど。
 でスバルといえばプレイアデス星団。フルリ、プレイアデス…響きがどこか似てませんかね。プレイアデスの7人姉妹というのはフルリ人によるミタンニ諸王国だった。あるいはミタンニ崩壊後のフルリ人の運命を描いたもんではないか。真偽はともかく、そう考えるだけで楽しいすな。
 という何らかの前「フリ」を残して終わる(ぇ
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