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土井平蔵の中庭

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ゴトランド

●前回の日記の太平山の記事は削除しました。秋田に太平山っていくつもあるのでゴッチャになったんすな。
 むかしは「おいだらやま」と読んだという事だけ書いときたかったので。

●ぶっちゃけていえば太平山=大三王子=ダイダラボッチです。で、大三王子=大物主=大国主=オオナムチだと思ってますけど。
 もう日本中の神社でオオナムチ(力の象徴)とスクナビコナ(知恵の象徴)がセットで祀られてます。二王子です。

●この二王子信仰というのも古代では一般的だったみたいすな。それがどういうわけか富士浅間(ふじせんげん)信仰と結びついてる。
 というところで思い出したのが「縄文時代の富士山は2つの連山だった」という話です。ブラタモリでやってたんですが(ぇ
 つまり筑波山みたいな形してたわけで。二つ山です。

●で現在の富士には何が祀られてるか…というとコノハナサクヤ姫ですね。でこの女神様はアタ系(周)の人ですね。
 でも何でかカモ系(秦)の神社でもこの女神様を珍重してるフシがある。じゃあカモ系の女神様なのか…。ごちゃごちゃ…。

●弥生時代のアタ・カモによる抗争は…たぶんカモ族優勢だったと思うんです。で、やっつけたアタ族の神を根絶してしまうか…というと古い住民が反発するでしょうね。いくら農地を獲得しても住民がいなければお米とれないので。だからアタ族を懐柔する。
 という過程で「アタ・カモ習合」という事が行なわれたんではないかと。

●これは飛鳥時代以降における神仏習合とほとんど事情は同じです。またそれ以前にもカモ氏による賀茂信仰と仏教が習合して修験道が生まれた…と思ってますけどね。
 大和朝廷はカモ系の氏族でありながら古いカモ系の豪族を排斥したかったんです。だから仏教を取り入れた。
 排斥された側のカモ氏も生き残りのために仏教観を取り入れて修験道を生み出した…という流れかと。それが役小角であり空海だったかもしらない。

●…と似たような事をネチネチと考えつづけてた人が秋田太平山の麓にいたんすな。何かの因縁というか…。平田篤胤という人。
 この人はどういうわけかアタ・アサに関わる場所を好んで遊歴してる。でもって師匠が紀伊の本居大平(本居宣長の養子)という人。んでもって「大平」の号をお師匠さんから頂戴してます。
 太平=アタ・アサという事に、無意識的なレベルで気づいてたフシがあるすな。辞世の句にも「あたら」という字を入れてるし。気づいてたな…という。

●修験道の話を色々見てるうちに、やっぱりオーディンおじさんがモヤモヤと出てくるわけで。隻眼で老人でローブ着てて、槍を杖代わりにして、諸国を遍歴しながら奇瑞を残したりする。…何かに似てませんかね。役小角と空海ですよ。あるいはその後輩であるところの修験者。
 こういうのは日本や北欧にかぎらず、古代のシベリア・ウラル地方の遊牧民・狩猟民の信仰としてあったんではないかと。

●そんな昔じゃなくても戦国時代にも一人いるんすな。山本勘助です。
 この人も正体不明というか、伝説まみれというか…ほんとに実在したかわからない。若いころは諸国を放浪し、戦上手で、しかも隻眼ときてる。オーディンが「戦いの神様」でもあったことを思い出しつつ。

●…というだけならたんなる類推にすぎないんですが、山本勘助の出身だという候補地見てると「うおっ」となります。やっぱり三河国加茂なんですよ勘助さん。
 つまり山本勘助像というのは修験道(賀茂信仰)から生まれたイメージなんではないかと。戦国時代の軍師って修験者に近かったそうだし。

●ほかにも円空だとか左甚五郎だとか菅江真澄の放浪人を追ってるとアタ・カモの影がチラチラするすな。導かれるようにその地を訪れて、なんか作ったり書いたりしてる。菅江さんは顔のような埴輪を発見して「これは古代の鎧だ」とかなんとか書いてる。
 菅江真澄はもとは三河国渥美の人ですが、どういうわけか秋田太平山の麓を気にいってその地で亡くなってます。ほとんど導かれるようにストンとそこに…という。
 ちなみに修験者が「聖山」と崇めてる山岳は、むかし王様の宮殿があった場所だと思ってますけどね。自覚的というよりも潜在的に残ってる記憶からだろうけど。

●で、オーディンで思い出したけどブリュンヒルデですよ(唐突
 そういえば北欧神話に「フナランド」って出てきたよな、フナ=フン人って意味だったよな…と思ってブリュンヒルデの記事見たらしっかり「古エッダではフン族」と書いてあり。しかも兄の名前が「アトリ王」ときたもんだ。
 フン人の有名な王がアッティラであり、突厥の王も阿史那氏でしたな。やっぱりAT・ASだと。

●この阿史那氏の称号である可汗。カガン。チンギスハンのハンです。この称号を用い出したのは5世紀ごろからとあるけど、いやもっと大昔からあったとか何とか。それより語源が書いてない。

●このカガンの称号をもった人が日本にもいたんすな。
 それが星神香香背男(ほしのかがせお)、そして多祁美加々(たけみかが)という人です。
 前者は古代史詳しい人なら知ってるだろうけど、じゃあ後者は誰だ。というと他でもない新島の大三王子の本名です。伊豆下田では多祁美加々=応神天皇だという信仰があるそうで…。

●カガって「輝く」の語源になった言葉だそうですが、ほかに星という意味もあるらしい。平田篤胤は「金星だ」とか言ってたそうだけど…まあ明るい星ならシリウスだのデネブだのたくさんあるんですが…まあ金星にしときましょう。
 あるいは加賀国とか足利(あしかが)という地名、筑波山の歌垣(かがい)という古代の風習も星(カガ)から来てるんではないか…。

●だいたい歌を「カ」と読むのは漢風ですよね。あれは当て字だと。自分たちの祖先神であるところの「星神」が居る祭りという意味で「カガイ」なんではないかと。
 星=可汗の因果関係は全然わからないですけどね。

●…というところでちょうどよく気力が尽きる。
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