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土井平蔵の中庭

カニムイソ

●干拓地だのシマシマ農場だのと書いてるとアトランティスは農業主体みたいになってしまうが、たぶん半農半牧だったと思いますよ。ただ地球上に残ってる痕跡が水利灌漑ばかしなので。
 それまで人類はマンモスやらナウマンゾウ獲って暮らしてた。建築もマンモスの骨で作ってた。それらがどういうワケか激減した。それに代わる生活形態を要請された。そこで画然と出てきたのが半農半牧・巨石建築の民アトランティス人だったと。
 それで何であんな途方もない開発をしまくったのかがわかる気がします。飢餓から救済される道を見つけた喜びのためだったと。

●アジア人の起源について色々見てると、どうもアジア人とポリネシア人の共通祖先はインドの東部、ミャンマーの山奥あたりに住んでたみたいすな。
 その民族的分類はチベット人になってる。なんかっちゅーとチベット人すな。北方遊牧民の祖先もチベット人。南方海洋民族もチベット人。
 なんか超古代においてチベット人がバァーンと拡散してる感じ。

●そういえばあすこらへんにアッサムという地方あったすな。あのアッサムに人口過密地域、メガロポリスでもあったのかもしらない。チベットの須弥山の伝説もそれと関係するのかな。プラトンさんのアトランティスの円形都市の記述と、須弥山のそれが酷似してます。イギリスのストーンヘンジもアトランティスの円形都市を模したものだというけど余談。
 で人が増えすぎて農地が少なくなったので「どっか遠いトコ行って新開地でも開拓するか」という事になったのかと。その音頭取り、推進役になったのがアトランティスだろうと。

●で三嶋大神だか大三王子だかに引きつられて、流れ流れてマレー半島→台湾→日本にやってきたアッサム人がいるわけで。それが前期縄文人です。
 後期縄文人は北方(長江ルート)からやってきたアッサム人の子孫ですね。彼らは長江文明の担い手であり夏王朝を建てたともいわれ、日本に稲作をもたらした人々だともいわれてます。やっぱりどっちもチベット系なんだと。
 だから日本人のY染色体の10%弱にインド系(ハプログループF)が入ってます。10%折原君です。オリエンタル小僧です。

●どうもポリネシア人もその一派らしいんだが、ポリネシア人がハワイやニュージーランドに到達したのは3千年前ぐらいです。だいぶ新しい。ずいぶんゆっくりした移動だったんすな…と思うんだが、じつはポリネシア諸島に来る前に、彼らは「ある場所」で定住してて、かなり高度な文明を持ってたんじゃないかと、こう思ってるわけで。
 それはどこか!(ぉ

●スンダランドというのはマレー半島周辺に存在した古代平野ですが、パプアニューギニアとオーストラリアの間にもサフルランドというのがあったそうな。そのサフルランドあたりに定住してたんじゃないかと。

●彼らがどういう生活を送ってたかなど、水没した後は知る由もないが、彼らはオーストラリアのすみずみにまで拡散した形跡がある。以前書いた巨大湖決壊の痕跡もあるし、なんだかシマシマ農場みたいなのもある。風がつくった風紋ともとれるが、もしこれがシマシマ農場の痕跡なら世界最大級すな。どんだけ人住んでたんだかと。
 世界にこれだけ広大な農地があるとしたらわざわざ日本みたいな小さい島開発しますかね。それがアトランティス人が洪水前は来てなかったという理由になります。来てたとしても小規模なものしか残してない。あとは鉱物資源目的でしょうね。閑話。

●ほかにも城壁で囲った都市国家を作ってたような痕跡もある。ストレンジウェイズという遺跡らしく、イギリス風の建築遺構が残ってるが、ググっても何の説明もない。というか遺跡の上に教会だの建物建ててる気がする。もしこれが都市国家の痕跡だとしたら、少なくともシュメール文明程度の文化があったという事です。
 イギリス人がこの大陸にやってきた時、そこにいるのは半裸で獣を追ってた原住民がいるだけだった。その彼らが…うーん。

アボリジニってどんな人なのかと思って見てみたら…なんだかインドでヨガやってる人でいそうすな。ナントカ上人とかいわれてて。縄文人と比較的近いといわれるアンダマン人も似た感じすな。縄文人の祖先もこんな感じだったのかな。
 全然日本人と似てねーじゃんと思われるかもしらないが、では明治時代の日本人をご覧いただこう。
 後世の日本人は北方系の血が入ってしまったり、生活習慣が変わってしまったので、だいぶアジア的な顔になってるが、100年前までこんなんだったんよ。南方海洋系だったんよ。

●ともかくオーストラリアの南部にこんな場所があるすな。たくさん引かれた格子模様は後世の道路かもしらないが、その格子の中にたくさん白い斑がある。
 これ何だろうなと思って斑のひとつを拡大してくと、中央に井戸らしきものがある。水源…。その水源を中心としてびっしり放射状の線が描かれている。???

●井戸だとしても今は使われてない感じすな。なんせ周りに人家が見当たらない。
 …これってひょっとしてオアシス都市の痕跡なんじゃないかと。びっしり引かれた放射線は井戸を中心にしてる…ってことはこれは「道」であり、人家、もしくは別のオアシス都市につながってるって事では…。
 そういうオアシス都市(らしきものが)…一体どれだけあるのか。数えてないからわからない。それらの白斑の分布の仕方はなんとなく中国やアメリカの都市の分布のそれに酷似している。ここに先史オーストラリア経済圏、大都市圏があった…。
 もちろんオーストラリア中部がまだ緑豊かだったころを想像していただきたく。

●私が超古代の人口を10億としたのはこういうのをいくつも見てるからです。ひょっとしたらそれも過少評価かもしらない。
 その10億の民がある時ごっそりいなくなってしまった。1億以下に激減した。そのあと7千年も「暗黒時代」がつづくわけで。一体何があったのかは全然わからない。
 ヨーロッパではヴァンダル人によるローマ破壊後、中国では後漢から三国時代にかけて人口の大激減がありますが、それ以上のことが世界規模であったわけです。

●この先史オーストラリア都市圏の痕跡にも今は誰も住んでませんね。滅んでしまったのか、どこかに移住したのか。それは大洪水によるものか、乾燥・砂漠化のせいか、あるいは他の理由か。
 ともかく、生き残った人たちも「こんなトコにゃ居られねぇ」という事があって集団移転してしまった。ならどこへ行ったのか…それが冒頭に書いた「ポリネシア諸島に人が住むようになったのはごく新しい時代」と関係してきます。ハワイ、トンガ、タヒチ、ニュージーランド、そしてイースター島…。
 しかし彼らがそんな大都市圏に住んでいたという記憶は失われ、ただムー大陸と鳥人の伝承だけが残る。
 それと巨石建築ね。
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