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土井平蔵の中庭

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アシュケナズ

●結局トンデモ話書きとおして年の暮れ。飽きたらやめますが。
 読み返すとトンチンカンな事書いてて「消してぇぇ」という気分になるんですが、あえて残します。

●「鳥の海の干拓」の話のとおり、むかしの横手盆地は広大な湖だった。
 ということは鹿角盆地もたぶん内湖だったんじゃないかと。例の黒又山は「岬」にあったんじゃないかと思ってますがね。湖に突き出た半島ですよ。
 そこに船の発着場があったりして。

●西の大館市にも内海があった感じすな。鹿角湖、大館湖をへて海に出られたんでしょうね。
 じゃあなんで古代人は海にこだわるのか。たいてい古代の遺跡は海に接してます。だいぶ内陸部にあってもflood mapとかで見ると海岸に遺跡があったことがわかる。
 船であっちこっち行けるという理由もあるんでしょうけど、一番大きいのは命に関わる事だと思ってますが。つまり「塩分」の供給ですよ。

●塩分摂りすぎると病気になるけど、無くても死んでしまいますね。だから居住地のそばに海がなくちゃならない。あるいは塩を運搬する経路、流通させるシステムがなければならない。
 だから内陸部にある諏訪地方に人が住むようになったのは、だいぶ新しい時代だと思うんです。塩の流通のシステムが確立された時代以後。
 まあ諏訪のことはおいといて…。

●岬の先っぽに神殿やら集落やらを作る…というのは世界共通だと思うんですね。伝説のトロイアもだいぶ内陸部にあるけど例の地図で見ると岬の突端にあることがわかる。
 トロイアというのは地方の名前であって、その高台はヒサルリクというそうすな。

●でも見れば見るほど…伝説にある大都トロイアにしては小規模な感じがするんですが。大人口を養うには狭すぎるんですよ。
 それよか南部にあるピナルバシのほうが広い感じがするんですけどね。

●実際むかしのトロイアはピナルバシ(Pınarbaşı)にあると信じられてたらしいすな。名将モルトケも「難攻不落の城を築くならピナルバシしかない」と言ってるぐらいらし。
 最初シュリーマンもピナルバシをトロイアだと想定してたようだけど「海から遠い」という理由で却下されたそうな。
 でも例の地図で見るとピナルバシは入江に面した街だったことがわかる。
 ヒサルリクは小規模すぎ、あるいはトロイアの支城、衛星都市だったのかもしらんすな。

●まあトロイアとAS・ATは関係ないんですけどね。…いやあったか。
 むかしのトロイアは「アスワ」と呼ばれてたそうな。んでもってトロイア人の先祖は「アッサラコス」という神。
 …まあこじつけみたいな話ですが。備忘として。
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