土師部
あらそうなの…比較したことないのでわからんけど。そもそも比較するもんじゃないけど。
むかし奈良行った時に「奈良県の人口より京都市の人口が多い」って地元のバスガイドさんが自虐的に言ってたのを思い出し。
それより多いってことすかね茨城は。
まあ茨城は平地(可住地面積)が広いからね。南部はずーっと平野だし、北部もあんまし高い山がない。
だから人口が集中する大都市はなくても、全地にわたってまんべんなく人が住んでる感じ。
関西民がそれを理解してないのはいいとして…群馬・栃木でさえそれを理解してないフシがあり。
群馬は高崎から佐野にかけて両毛ベルトの都市群あるじゃんすか。
栃木は宇都宮って50万都市あるじゃんすか。
茨城はああいう煌びやかな大都市ってのを持たない。なんだオレたちのほうが茨城よりイケてるじゃんという。
茨城県民もあえてそれを否定せずという(ぇ
まあ総数で見てくれという。
【歴史よもやま】「倭の五王」時代の巨大コンビナート窯跡発見 全国でたった20例
埼玉の鳩山ってトコはむかし高麗人が焼き物してたトコだってどっかに書いたけど…あれは白村江の戦いの後の話(7世紀以降)であって、こっちの記事はそれ以前の話。
白村江の戦いで百済、ついで高句麗が滅ぶとその遺民が大量に日本に避難してくる。
でもそれ以前にも半島からちょこちょこ移民がきて陶器焼いたり馬の放牧とかしてたんだろうなという。
古墳文化ってのはそういう大陸からの技術集団によって支えられていたという想像。
ただ疑問なのは…大陸には古墳みたいな巨大な陵墓が無いんだけどね。日本だけポコンとある感じ。
大陸の建造技術をつかって…日本独自の古墳を築いたって流れかね。
まあ長くなるから置いといて…。
ちょっと目にとまったのは枚方市にある遺跡から「馬の全身骨格が出土した」ってトコすな。
「枚方市を含む北河内地域には当時、大陸からの渡来人が移り住み、独自の勢力を築いていたことが分かっている」
ここでちょっと思い出した人々があるけど…昔パウーのほうで書いた記事につき。
【歴史よもやま・お給仕ネタ】厚見氏
以下は過去パウー記事から再録&まとめ。
なにげなくググったら「厚見連の末裔」って書いてあるけどね。
先祖は王仁(わに)で…その子孫は西文氏(かわちのふみうじ)で…美濃厚見荘(茜部村)を賜ったので厚見を称し以下略。
現在の岐阜駅の南が茜部(あかなべ)という地名になっており。
王仁ったら教科書にも載ってる人すな…今の教科書も載ってるのかしらんけど。
一般に…日本に漢字をもたらしたといわれる楽浪郡の文章博士。めっさ賢い人。
漢の劉邦→鸞王→王仁博士→馬史(うまのふひと)氏→厚見氏
古代史によく出てくる安曇(あずみ)氏もその一族なのかな…そのへんよくわからず。
馬史氏は大阪の淀川の東岸でウマの放牧をしてたという。さっきの「独自の勢力を築いてた人々」です。
万葉集にも歌が一首載っており。
「におとりの 息長川(おきなががわ)は 絶えぬとも 君に語らむ 言(こと)尽きめやも」(馬史国人)
米原市の朝妻公園ってトコにその歌碑があるそうな。
馬史氏はのちに武生・厚見の2氏にわかれます。
つまり厚見氏ってのは大阪の基礎を作った人々、大阪のヌシみたいな苗字だってこと。
しかも赤竜王(劉邦)の末裔だと来たもんだ。
そらカリスマ性も備わるというものです(誰の話
のちの武士集団である河内源氏ってのもあの辺の豊富なウマに支えられてたんだろうな…という想像。
ちゅワケだ
PR