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土井平助の中庭

ブラキオサウルス

【地理よもやま】さいたま市の限界

キレイな街並み&夜景だけど…。ちょっと外れると水田ってことね。
なんか船橋市と似てる気もし。ちょっと外れると広大な空地という。

あの見沼代の水田はわざと残してるんじゃないかという気もし。計画緑地的な。

あすこは江戸のはじめまで大きな沼だったので…ちょっと地盤がゆるい、水がつきやすいという理由もあるんでないかな。
埋め立てる時に沼に棲んでた龍神様があらわれ…って伝説あった気がす。たぶん氷川神社に関係する龍神様だと思うけど不明。

これこれ(Google Map)

印旛沼によく龍神伝説が出てくるので…他にもあったのかなと思って調べてたら埼玉の見沼にも(江戸時代まで)いたという話。
最近までナントカサウルスみたいなの生きてたのかなという妄想。

【地理よもやま】今の下北沢

東武練馬駅のまわりも再開発がどうのという話を見たけど…どうなったのかね。
昭和以来の私鉄沿線の宿業みたいな話だけど。

シモキタも再開発されて没個性的になった…いや変わったのは駅前だけで全体は変わってない…的な記事見たけど。人それぞれってトコかね。
でも再開発されたあのスコーンとした感じの好きな土井。地元の人も便利になって喜ぶと思うんだけど…どういう人が困るんだろ。

もう古着の着れない町になっちゃったとか(ぇ
特注のピシッとしたスーツの似合う町になっちゃったとか。
知らんけど。

すごい都市的な駅前の画像貼って「東京人が思う田舎」って記事あったけど…東京人が思う「都会」ってどんなだろという。
たぶん私鉄沿線のゴチャゴチャした駅前のこと言ってたんだろうけど。どっか昭和臭を残した街。
でも昭和臭が抜けて「田舎」になっちゃったシモキタという。

普遍性を帯びるということは田舎になるという意味か。

【歴史よもやま】なんのための前方後円墳

それがわかったら苦労はね…日本人もよくわかっておらず。記紀にあまり古墳の記述って無いでしょ。
なんか御陵(みささぎ)つくったの塚を築いたのという記述あるけど…具体的にどういうものかの説明がない。

当時の人は常識すぎて書くまでもないと思ったのか…あるいは奈良時代には古墳の記憶が失われてたのか。
ある時期に歴史の断絶あるすな。なんか大化の改新あたりに。

あの○と△の形って…どうも道教思想から来てるようだけどね。いわゆる方士って人らが渡来してたんでしょ、

ならなんで中国には前方後円墳が無いのか…って道教思想を体現したモニュメント作ったら時の王朝から怒られるんでないすかね。とくに漢王朝は儒教ベースなので。
だから日本来て好きなように作りまくったという…想像だけど。

最初に稲作持ってきた人らも道教思想持った人たちじゃないかと。
なんで日本来たのか…って蓬莱山の霊薬ってのを求めてきたんじゃないかと。なんて植物だか忘れたけど。
当時の大陸は道教ブームだったので…売ると巨万の富を得られるという。
それを欲しがったのは秦の始皇帝だけじゃないんすよ。

でその霊薬を採集する作業員(弥生人?)が現地で生活するために苗を持ってきて、泥田を作って育ててた。
それを見た現地人(縄文人)が「あの草は何だ」と。で食ったら美味いと。

なんか違う話になりそうなので終了。

ピチョンピチョン…emoji
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