ツヴァイヘンダー
これはどこでしょうね…相鉄線の駅らしいけど。
新横浜より西だってことは表示見れば察せられるけど。海老名-西谷間あたりかね。
あすこの行先の複雑さは前にパウーでした気がするね。土井さんにはムリ的な。
新宿・川越行だと埼京線ルート。
和光・川越市行だと東横・副都心ルート。
浦和美園・西高島平だと目黒線ルートという。
川越行と川越市行では通る路線が違う…パズルの引っかけ問題的な。沿線の人はどうやって憶えてんのかね。
神奈川の人はせいぜい横浜・渋谷行くぐらいだろうし…その先のことなんて別に憶える必要もないのかもしらず。
【地図よもやま】バス路線図
これは…すごいわね。ブクマ登録決定的な。
ちなみにバスマップのリンク
バスは調べるとほんと微に入り細を穿つ的にはり巡らされてるけど…まとまった路線地図ってないのよね。
バス会社ごとの地図はあるけど…総合的な(コミュニティバスも含めた)地図って皆無っていうかね。
だからせっかく憶えても…集積した知識が体系化されずバラバラに存在してるという。
赤羽-高円寺、中野-渋谷、錦糸町-豊洲とかは有名だけど…錦糸町-大塚なんて長大路線もあったのね。
知ってる人は知ってるんだろうけど…知らないと突拍子もない路線が多い気がし。
ちなみに土井さんの婆さん(生きてたら100歳超)は世田谷から「バスオンリー」で浅草まで行ってたけど…この地図を見ても今もってそのルートを判明できず。
よほど複雑な経路で行ってたんだろうけど…昔の人はそういう手間がわりかし平気だったのかもね。
お経みたいに時刻表を脳に叩きこんでたとか(笑
【歴史よもやま】戦後時代の足軽と西洋の歩兵
似てるっちゃ似てるけど…鉄砲が主流になってくると装備も似てくるってのはしょうがないけどね。
世界的な流れ…といいたいけど…どうも西欧と日本ってみょうな共時性があるので…鉄砲という因果関係がなくても自然に似たものになってかもしらず。
日本はもとから「足軽」っていう傭兵・軽装集団がいたので銃兵には都合がよかったんだろうけど。
のちに信長さんは傭兵的だった足軽を兵制にくみこんで正規兵にしちゃったけど。
そういう兵士の中から奇抜な装束やら、派手な振る舞いをして男伊達を競おうという連中も出てくるのも同じ。
日本は傾奇者だけど…西洋だとランツクネヒトって集団かね。
しかも権力者から「死ぬ間際の娯楽として」お目こぼしされてたのも似てる。こういう現象は他でもあったんだろうか…その例を知らず。
そいえばハイジのアルムおんじも昔ランツクネヒト(スイス傭兵?)だったっていう話をなんかで見たすな。若いころは傾いてたんすよ。
以後続刊
PR