多芸志美美命
カガセオ(アマツミカボシ)って大和朝廷に征伐された蝦夷の王。
茨城の日立あたりに住んでたらしいけど(大甕の地名が残り
インド思想ね…。出雲系(後の蝦夷?)はインド系だって誰かが言ってた気がし。
なんでインド人が東アジアまで来るんだ…って伝道のためだと思い。
「(アショーカ王の師である)モッガリプッタ・ティッサが音頭をとって、仏教教団から9つの地方に伝道師が派遣された」(Wikipedia)
この中に日本にも来た伝道師がいるんじゃないすかね。紀元前のザビエルさん。
それで日本(当時は出雲族が主流)にも原始仏教がひろまり…という。聖徳太子の時代から800年ぐらい前かね。
ひょっとしてこの世界中に派遣された伝道師ってアメリカにも到達してるんじゃないのかな…ってトンデモ妄想だけど。
マヤ・アステカの「インド的な」匂いを感じるだにつけ。
*ちなみにカガが「輝き」とか「かがり火」とかになったんだと思い。加賀とか足利とかも関係すんのかな
【歴史よもやま】天守一覧
なんで小田原城が上位? と思ったら石垣部分も入れてるのね。
関東にある天守は3層が基本(幕府をはばかって
そいえばだいぶ高いトコにある感じすな小田原城。東海道線わきにビョーンと。
東海道から見えるようにしてたんだろうけど。
にしても天守って安土桃山時代に急に出てきて急に広まった感じ。
松永弾正が信貴山に建てたのが最初だって話だけどね。
それ以前も太田道灌が江戸城内に「静勝軒」という3層の望楼をつくっており(そのころ天守という呼称はなく
五重塔がモデルなんだろうけど…西洋の尖塔の影響も受けてるようにも思い。
*天守(天主)という呼び名自体がキリスト教由来だそうな
【歴史】千葉の神社あるある
あやっぱりねという。藤原氏はもと鹿島神宮の神官だったという説があるので…四国の阿波から来て勢力をのばしてる忌部氏をニガニガしく見てたのかなという。
それで天智天皇にとりいって実権を握ったあとは…という。
古事記も藤原氏によって都合よく書かれてるっていうし…日本史の藤原氏フィルターすごいすな。
ヤマトタケルの故事も色んな人の逸話のダイジェスト版だって言われてるけどね。
誰がやったのかわかんないので「ヤマトタケルだろう」って流れかと。
モデルは無数にいたんだろうけど常陸国風土記に出てくる黒坂命(くろさかのみこと)もその一人じゃないかな。あとは歴史の闇の中。
(追記)
黒坂命って多(おお)氏だったのね。
近ごろ千葉の飯富(いいとみ)ってトコ見てたら近くに神八井耳命(多氏の祖で綏靖天皇の兄)ゆかりの飽富神社があった思い出し。
飯富ってトコは他にもあるけど「おぶ」って読むトコ多いすな。飯富兵部のおぶ。
たぶん「おお」「おふ」「おぶ」になったのかなと。
水戸の飯富には大井(おおい)神社ってあるけど…やっぱし多氏に関係する神社らしく。
おふっ、うっぷ
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