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土井平助の中庭

ウンサンギガ

【歴史よもやま】古代都市マリ

いわゆる遺丘(テル)
都市ってのはほっとくと丘みたいに盛りあがってくという。

何年続いたのかな…って1000年以上ね(東京は400年
例えると東京があと600年続いて…崩壊して…それを数千年後の人が発掘してるようなもんかと。

建物を「回」の形にするって…中庭文化でもあったのかな。
地元のイラクにはあまり残っておらず、なんでかイタリアとかスペインに多く。
偶然かね…。

偶然じゃなかったらどういう流れでヨーロッパに入ってきたのかね。
何しろ滅んだのがBC1759年…雲をつかむような話。

【歴史よもやま】北条氏綱公

この人の詳細については省略。早雲公のご子息で2代目。

国府台合戦は実質的には北条・里見の戦いだけどね(第一・第二とも)

里見は頑強に勢力をたもって江戸期まで残ってるし。鎌倉とか六浦(横浜)のほうまで反撃に出たりして。
なにしろ里見水軍が怖かったらしい北条氏。

里見氏が強いのか…房総半島ってけっこう懐深いせいか。

ちなみに汁かけ飯の故事は氏綱公が子息の氏康さんを叱った時の話らしく。
氏康さんは一世の英傑になったのであまりあの話は基準にならず。
かえって殿様はそういうトコ(椀に汁を何杯とか)に無頓着なほうが良いように思い。

*立花宗茂の話でそういうのあったすな。干し米を雨に濡らしちゃう話

【歴史よもやま】尾崎喜助という人

なんか調べ物してて知らない人がいるので「こんな人いたんだ」ってググったら小一郎さんの下僚だった人が多く。
小一郎さんの没後は秀次さんに仕えてたりして。

信長・秀吉の官僚団にも似たような人多く。近江出身の人多い気がし。

たいてい数百~数千石ぐらいの禄高で1万石以上の人がなく。
江戸期に入ったら雲散霧消という感じで歴史に登場しなくなる。

でも当時の政治を動かしてたのは喜助さんみたいな人たちだったんだろうけどね。
なんか大名ばっかり脚光浴びてるけど。

*こういう人たちの系統が近江商人になったのかなという想像

ジュル ジュル ゴクン…emoji
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多芸志美美命

【歴史よもやま】カガセオと仏教

カガセオ(アマツミカボシ)って大和朝廷に征伐された蝦夷の王。
茨城の日立あたりに住んでたらしいけど(大甕の地名が残り

インド思想ね…。出雲系(後の蝦夷?)はインド系だって誰かが言ってた気がし。

なんでインド人が東アジアまで来るんだ…って伝道のためだと思い。

「(アショーカ王の師である)モッガリプッタ・ティッサが音頭をとって、仏教教団から9つの地方に伝道師が派遣された」(Wikipedia)

この中に日本にも来た伝道師がいるんじゃないすかね。紀元前のザビエルさん。
それで日本(当時は出雲族が主流)にも原始仏教がひろまり…という。聖徳太子の時代から800年ぐらい前かね。

ひょっとしてこの世界中に派遣された伝道師ってアメリカにも到達してるんじゃないのかな…ってトンデモ妄想だけど。
マヤ・アステカの「インド的な」匂いを感じるだにつけ。

*ちなみにカガが「輝き」とか「かがり火」とかになったんだと思い。加賀とか足利とかも関係すんのかな

【歴史よもやま】天守一覧

なんで小田原城が上位? と思ったら石垣部分も入れてるのね。
関東にある天守は3層が基本(幕府をはばかって

そいえばだいぶ高いトコにある感じすな小田原城。東海道線わきにビョーンと。
東海道から見えるようにしてたんだろうけど。

にしても天守って安土桃山時代に急に出てきて急に広まった感じ。

松永弾正が信貴山に建てたのが最初だって話だけどね。
それ以前も太田道灌が江戸城内に「静勝軒」という3層の望楼をつくっており(そのころ天守という呼称はなく

五重塔がモデルなんだろうけど…西洋の尖塔の影響も受けてるようにも思い。

*天守(天主)という呼び名自体がキリスト教由来だそうな

【歴史】千葉の神社あるある

あやっぱりねという。藤原氏はもと鹿島神宮の神官だったという説があるので…四国の阿波から来て勢力をのばしてる忌部氏をニガニガしく見てたのかなという。
それで天智天皇にとりいって実権を握ったあとは…という。

古事記も藤原氏によって都合よく書かれてるっていうし…日本史の藤原氏フィルターすごいすな。

ヤマトタケルの故事も色んな人の逸話のダイジェスト版だって言われてるけどね。
誰がやったのかわかんないので「ヤマトタケルだろう」って流れかと。

モデルは無数にいたんだろうけど常陸国風土記に出てくる黒坂命(くろさかのみこと)もその一人じゃないかな。あとは歴史の闇の中。

(追記)
黒坂命って多(おお)氏だったのね。

近ごろ千葉の飯富(いいとみ)ってトコ見てたら近くに神八井耳命(多氏の祖で綏靖天皇の兄)ゆかりの飽富神社があった思い出し。

飯富ってトコは他にもあるけど「おぶ」って読むトコ多いすな。飯富兵部のおぶ。
たぶん「おお」「おふ」「おぶ」になったのかなと。

水戸の飯富には大井(おおい)神社ってあるけど…やっぱし多氏に関係する神社らしく。

おふっ、うっぷemoji

花川戸助六

【鉄道よもやま】佐原駅の0番線ホーム

正解は…。あ正解は…。……。
無表記(^^;

ググったら「主に鹿島線(香取・鹿島神宮方面)の当駅始発列車が使用」とあり。

そいえば鹿島線って佐原で分岐するんでなくて次の香取駅も入ってたすな。
つまり参拝用のホームなのかね。

といっても日中2時間に1本だけど。
むかしは特急もあったけど…という(ぇ

いや高速バスが強すぎて特急が…という(なんだか

ちなみに鹿島神宮行の高速バス(NAVITIME)

【地理よもやま】埼玉のヨコのつながり

武蔵野線:もともと貨物用で旅客用になるとはツユも思わず
野田線:醤油を運ぶ用であんな長大路線になるとはツユも思わず
川越線:大宮まで走ってた路面電車の代替。東京まで延ばすとはツユも思わず(いまだに単線
秩父鉄道:まさかこんなトコまで通勤圏になるとはツユも思わず

東京圏の異様な肥大化に追いついてない感。

神奈川は【貿易港横浜ァ!!】っていう東京の引力を振りきれるほどの超重力場があるしな。
独自の路線網を作りやすかったんでしょ。

*野田は「めんツユ」も作っており(蛇足

【歴史よもやま】室町時代の浅草寺

浅草駅も六区もなかったころ。花やしきはずっと向こうかね。

日本の風景というより海外のに近いような。スコットランドとかニュージーランド的な。
室町以前はどこもこんなだったのかな。〇〇ヶ原的な。

平安のころは真ん前まで海が迫ってて…背の低い草がちょぼちょぼ生えてたっていうけど(浅草の由来)このころはだいぶ海岸も後退して草原がひろがってのと思われ。
浅草というより深草。

AI絵だけに正確じゃないだろうけど想像のよすがとして…。

*廃寺みたいに生活感が全然なく(笑

(追記)
ケニアの風景(Google Map)

ていうかアフリカに室町っぽい風景いっぱいあるすな。家屋までそれっぽく。

あれは太郎左衛門殿の御馬じゃ。

ブヒヒン ブヒヒンemoji

安東大将軍

【歴史よもやま】津軽の十三湊

なんでか古代から西日本の人は蝦夷まで進出してるけど…その時の要港となったトコ。
古くから蝦夷の物産(俵物)は内外に知れ渡ってたのと思われ。

あるいは東北にいた人が西日本に進出して…地元と行ったり来たりしてたのかな。
山口県の海商だった安倍家ももとは東北出身らしいし(元首相の実家

十三湊は大陸(契丹・渤海・北宋)とも貿易してたっていうけどね。奥州藤原氏の財源になってたんでしょ。

それが大津波で消滅した…っていう通説あるけど…実際には津波以後も町は存在してたらしく。
消滅したのは別の(政治・経済的な)理由かね。

*ふつうは「とさみなと」だけど「じゅうさんそう」というと漢文風でちょっとカッコよく

【歴史よもやま】千葉のマグダラのマリア

マリアってもお母さんじゃなくて…聖書にちょっと出てくる人。
ダヴィンチコードってあの人を扱った映画じゃなかったっけ…ってネタバレ気味。

なんで千葉に地名として残ってるのかは知らんけどね。

馬来田(まくた)って変な名前だなと思ってたけど…個人的にはインドにある「マガダ国」が由来じゃないかと思ってたけどね。
また変なこと言い出したぞ土井はと…。

以下は千葉の福王台ってトコにある率土神社の由来。

「古くインドにあった摩伽陀(マカダ)国の妃が国を追われ、養老2年(718)日本まで逃れてきました。都に迎えられた妃は「天豊媛命(アメノトヨヒメノミコト)」の名を授かり、東国平定のため袖ケ浦へ遣わされ、神納の地に館を構えた」

そいえば筑波山にも似たような伝説あるすな。朝鮮にも同様の伝説あるんだけど割愛(許黄玉の伝説

【歴史よもやま】関ヶ原の逸話

なんか…あったっけ??

知っててもちょっと詳しい人なら知ってるようなのばかり。
大昔にもあすこで2回、天下分け目の戦いがあったんだよという(知ってるっしょ

そこで 大海人皇子(天武天皇)が兵士に桃を配って士気を高めたから桃配山だという。
家康さんはその故事に倣ってそこを本陣にしたそうなので当時から有名だったのね。
お陰でさらに有名になるんだけど。

(近ごろ漫画で有名な)北畠顕家と土岐頼遠もあすこで激突してるけど…あれは「青野原の戦い」といわれており。
なので関ヶ原の戦いも江戸初期は「青野原合戦」といわれてたそうな。

《追記》
そいえばさっき福王台の話したけど…大友皇子(弘文天皇)の皇子(福王様)が千葉に逃れてきたから福王台だという。
たぶんウソだろう(ぉ

大友皇子の皇子である葛野王はべつに罰せられることなく皇族としての地位を保ってるので。
淡海三船は大友皇子の曾孫であり。

じゃああの福王って何という話。

プクプクプクプクプクプ ク プ ク…プemoji

白米千枚田

【歴史よもやま】上召窯秦陵

「秦の孝文王の正室・華陽夫人の墓と推定」フーン

始皇帝って呂不韋の実子だって説あるけどね。
なんで秦があんな勢力を拡大したのか…じつは呂不韋の力じゃないかという。

漢の劉邦ももとは沛県の亭長だったのに…なんで皇帝にまで昇りつめたのかという。
あれもじつは奥さんの呂太后の力じゃないかという。呂太后と呂不韋は親族だという説もあり。

呂一族ってキングメーカーだったんじゃないかという。
じゃ呂一族って何なの!? という。

*呂不韋と徐福って同胞・仲間だったんじゃないかと思ってるけどね

【地理・歴史よもやま】吉原殿中の由来

徳川斉昭の侍女がつくったのでその人の名前からとって「吉原殿中」だって聞いたけどね。

秩父の「五かぼう」が発祥という話もあり。
ほかに埼玉の加須、群馬の五箇村、下総の五霞村…(出てくる出てくるぅ

ひょっとして関東の民間ではふつうにお菓子としてあったけど…それを吉原殿がアレンジして殿様にさしあげたって話かもしらず。

越谷に「にじんぼう」ってお米を加工したお菓子あるけど…やっぱし「ぼう」がつくんすな。お菓子は「ぼう」らしい。

うまい棒…(思案

*なんで「ぼう」なのか…ってポルトガルのbolo(ケーキ・焼き菓子)から来てる仮説。カステラとかコンペイトウとおなじ要領

【地理よもやま】能登と房総の比較図

ならべて…どうすんだかね。まあ大きいすねぇ…能登ねぇ…。

能登は穴水までは高速でサッと行けるんだと。
ただ穴水から珠洲までが異様に時間かかるらしく。

房総もそういうトコあるけどね(先っぽが遠い

ルート検索すると金沢→珠洲が交通機関で3時間半。すさまじいわね…。
あきらかに東京の方が近く。

珠洲から新潟・富山までつなぐフェリーでもあったらいいんだけどね。需要がないから無いんだろうけど。

なんか需要を創出…(思案

*ハワイ化しか出てこない想像力の貧弱な土井

アーロハーオエ---------emoji